湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

地熱エキスポ2014

2014-12-07

みなさん、こんばんは!エマです

12月5日(金)、湯沢グランドホテルにて、地熱エキスポ2014が開催されました。
ゆざわジオパークの大きな特徴の一つである「地熱」
地熱関係者の皆さまにはこれまでもお世話になっていますし、これからますます連携を深めていけたら・・・と思っています。
ということで、これは行かねばなるまい!ということで、行ってまいりました

地熱エキスポは、地熱発電を学び、湯沢市内での地熱資源開発に理解を深めていただくために、湯沢市などが主催しています。
今回の内容
【講演1】
演題  『地熱発電エネルギーと地域熱供給 - アイスランド共和国の事例から』
講師  駐日アイスランド大使館  ハルドル・エリス・オラフソン氏
【講演2】
演題  『国内外の地熱発電事情』
講師  富士電機株式会社  山田茂登氏

講演1の様子
地熱エキスポ1
(写真が暗くてすみません)
アイスランドは、発電をはじめとする地熱の利用が進んでるんですね~。
パイプラインが張り巡らされていて、温水でお部屋を暖めるのが当たり前なんだとか
様々な地熱の利活用方法を紹介してくださり、「ゆざわジオパークでも活用できるものがあるかもしれないですね!」とも
ゆざわジオパークとしても、さらに地熱をPRしていきたいですね!

ハルドル・エリス・オラフソンさんはアイスランド人なのですが、流暢な日本語で講演してくださいました!
そして、スライドショーに使われている、アイスランドの写真の綺麗なこと綺麗なこと
たった数十分のお話で、私はすっかりアイスランドの虜に・・・
とても印象に残った講演でした。

講演2の様子
地熱エキスポ2
地熱発電が活発な国の紹介や、日本国内の地熱発電と関連法律についての説明など、初めて知るお話がたくさんあって、とても勉強になりました。

日本の会社が作った発電のタービンは、世界中で使われているとのこと。
(発電容量でみると、7割近いんだそうです!日本ってすごい!)
山田さんもおっしゃっていたのですが、輸出面で大きな期待がもてますね

ゆざわの地熱が全国区になるように、ジオパークとしてもばんばんPRできればいいなーと思いました。
ということで、今日の担当はエマでした!

JGN 全国研修会 in 三陸海岸ジオパーク2

2014-12-06

こんにちは、ジュリーです。今日は前回に引き続き、三陸海岸での研修会の模様をお伝えします。

前日の交流会の余韻も冷めやらぬうちに、30日朝はジオツアーでした。最初は浄土ヶ浜。美しい浜ですが、ここも震災で一度壊滅しているそうです。もともとあった石が流され、別の場所から同じ系統の石を持ってきたそうです。現在は石も大分なじんで本来の姿に近くなってきたそうです。

DSCN5458.jpg
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特徴ある石を手にとってみました。

DSCN5464.jpg

次にサッパ船クルーズでした。小さい漁船に乗りあって、海から特異な形状を持つ海岸線を眺めることができました。この日は非常に天気が良く、まさにサッパ船日和となりました。なかなか壮観な眺めで、参加者全員大満足でした。船の運転は地元の漁師さんたちだそうで、楽しい話が聞けました。

DSCN5492.jpg
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穏やかな海の上で観たものは、美しい景観だけではありません。ここにも震災の爪痕が・・・。このコンクリートの塊は津波によって一部ひっくり返ってしまった防潮堤だそうです。津波の凄まじい力をまざまざと見せつけられました。今回の研修会のテーマは「ジオパークと防災」ということで、まさにテーマに沿ったジオツアーだったと思います。

DSCN5538.jpg


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そのあとの昼食は三陸の海の幸を炉端焼きでいただきました。帆立貝が美味でした!

まだまだジオツアーは続きます。午後の部は次回にお伝えします。ジュリーでした。

あつき雪 ・・・

2014-12-05

こんにちは、ゴゴティーです。

今年もー   やってきました「あつき雪」のシーズンが ・・・

と言う事で、ゆざわジオパークに本格的な冬がやってまいりまして、数日前から湿った雪が降り続いています。
すでに50cm以上の積雪がある地域もあり、今後も2,3日降り続くという天気予報なので、自動車での移動や除雪作業などいろいろな面で十分な注意が必要です。

ちなみにジオサイトの開設板を設置する工事をしていて11月末に完成したので、12月に入ってから完成検査をしたのですが、その時には既に雪が降っていまして、雪をかき分けての検査となってしまいました。
(その時の状況 ↓ ↓ ↓ )
IMG_7600.jpg

これは、本格的に降り始めてから丸1日も経っていない時だったのですが、写真の場所はすでに20cmの積雪がありました。

まだ12月の初旬なのにこの状況ですので、新年を迎えるころにはどれくらい積もっていることやら・・・と気が重くなってしまいますが、そこはジオパーク推進協議会事務局員ですので、グッとこらえて、大地の変動によって生まれたゆざわの大地も、この雪があるから潤っているのだと心に刻んで、これからも活動に励みたいと思います。



そんな中、近々に行われるこんなニュースが事務局に入ってきていますので紹介したいと思います。
(こちらです。 ↓ ↓ ↓ )
nyuumon02_ページ_1

このように明後日の日曜日(12月7日)、ジオパークを目指している「鳥海山・飛島地域」のにかほ市でセミナーが開催されるそうです。
秋田県内では4か所目のジオパークを目指す地域ですので、ゴゴティーも是非参加して雰囲気をつかんできたいと思っています。(天気は「雪」の予報ですので、道中がとても心配なのですが・・・)

東北地方の雪国でも続々とジオパークを目指す地域が名乗りを上げてきています(蔵王、月山など)ので、これからもしっかりと連携しながらジオパークの魅力を伝えていければよいと思っています。
新たな試みもやってみたいと思っていますが、まだまったく煮詰まっていませんので今のところ内緒です。

と、ブログを書き込んでいる今も窓の外はしんしんと雪が降り続いているゆざわジオパークからゴゴティーが投稿させていただきました。(おわり)

ミラーマン 院内銀山を歩く 寄り道編パート5

2014-12-04

先回、国司仙吉を書きましたが、その時に桂小五郎のことが出てきたので、今回は、寄り道ついでに私の好きな桂小五郎について、ブログを書きます。
木戸 孝允(きど たかよし)・志士時代は桂小五郎(かつらこごろう) 天保4年(1833年)、現在の山口県萩市に萩藩医・和田昌景の長男として生まれる。七歳で向かいの桂家の末期養子となり(養父:桂九郎兵衛)、長州藩の大組士という武士の身分と秩禄を得る。翌年、桂家の養母も亡くなったため、生家の和田家に戻り両親の元で成長した。
10代に入ってからは、藩主毛利敬親による親試で褒賞を受け、長州藩の若き俊英として注目され始める。
嘉永2年(1849年)、藩校明倫館で山鹿流兵学教授であった吉田松陰に兵学を学び、「事をなすの才あり」と評される。桂小五郎はいわゆる私塾・松下村塾の門下生ではなかったが、その後も松陰に対し、門人の礼をとリ続けていたという。
 嘉永5年(1852年)、剣術修行を名目とする江戸留学を藩に許可され、江戸に旅立つ。江戸では江戸三大道場の一つ、「力の斎藤」の練兵館(斎藤弥九郎)に入門し、神道無念流剣術の免許皆伝を得て、入門一年で練兵館塾頭となる。藩命で帰国するまで5年間、練兵館の塾頭を務め、その間、剣豪の名を天下に轟かせた。その後、練兵館塾頭を務める傍ら、江戸で多くの志士たちと交流しながら、長州藩の尊攘派のリーダーへと成長。
文久3年(1863年)5月、藩命により江戸から京都に上る。京都で久坂玄瑞たちとともに破約攘夷活動を行い、正藩合一による大政奉還および新国家建設を目指す。長州藩は京において中央政界を牛耳る存在となっていたが、文久3年「八月十八日の政変」で京都から追放の憂き目に遭う。翌年、小五郎は再上洛し潜伏しつつも藩の失地回復に勤めた。
有名な池田屋事件では池田屋へ一番早く行ったが、まだ同志が集まっていなかった為、近くの対馬藩邸へ行っていたため、小五郎は運良く難を逃れた。(新選組が池田屋を襲撃したのは、小五郎が対馬藩邸に行っている間に起こった)
池田屋事件は、八月十八日の政変以来、挙兵を訴えていた長州藩の急進派を刺激する結果となり、禁門の変における武力上洛を引き起こしたが、惨敗。小五郎はその後も京に潜伏し情報収集に努めるが、同志からの依頼で帰郷する。
その後、坂本龍馬の斡旋で薩長同盟を締結。翌年の第二次征長戦にて幕府軍を退け、大政奉還を経て後、長州藩の復権に成功。薩長主導による武力倒幕を成し遂げ、新政府を樹立する。
新政府では総裁局顧問、外国事務係、参与となり、「五箇条の御誓文」の起草に参画し、大久保らとともに版籍奉還の実現に尽力する。明治4年(1871)、西郷とともに参議となると、政府要職を薩長の人材で独占、廃藩置県を断行。
同年9月、岩倉使節団の副使として欧米に歴訪するなどするが、その後は、大久保による独裁体制の政局に不満を抱き、次第に政府中枢から遠ざかっていくようになる。長年の心労で心の病を患っていたようである。
明治10年、西南戦争の最中、駆けつけた大久保利通の手を握り締め、「西郷、いいかげんにせんか」と明治政府と西郷の両方を案じる言葉を発したのを最後にこの世を去ったという。病没。享年45歳。
志士としても、長州藩のリーダーとして時代の先端に立って活動を続け、明治新政府においてもトップの一人として近代国家・日本の建設に大きな役割を果たした希有の存在、木戸孝允。墓所は、京都・霊山護国神社にあり、坂本龍馬や、中岡慎太郎など活動を共にした多くの志士たちとともに眠っている。
桂集合写真1
木戸孝允(前列中央)と伊藤博文(後列右端)ら。明治3年(1870年)撮影。
桂 3
岩倉使節団。左から木戸孝允、山口尚芳、岩倉具視、伊藤博文、大久保利通

糸魚川ジオパーク研修記②

2014-12-03

こんにちは。事務局のかわべです。

今回は、糸魚川ジオパーク研修会一日目の現地審査再現についてお伝えします。
世界ジオパーク申請および日本ジオパーク申請では、事前に自己評価表を作成します。糸魚川ジオパークでは、現地審査に先立って、「自己評価表」の評価理由について、しっかりとプレゼンしたそうです。今回の研修会でも、簡易的にではありますが、プレゼンのようすも再現して、見学させていただきました。

現地審査では、「まず糸魚川ジオパークの全体を見てほしい」ということで、高台の給水塔の上にある展望台にいきました。
ジェンコを待つ子どもたち
360度パノラマ、といった感じの場所で、糸魚川の大地を一望できる良い場所でした。
ジェンコマキ、ついに開始!
続いて、長者ヶ原考古館に見学に。
岩屋堂
考古館では、近くに遺跡から出た考古遺物を展示していました。解説パネルは、日本語しかなかったのですが、外国語対応のため、小さなパネルを用意しているそうです。博物館の展示パネルを総入れ替えするよりも、時間的にも予算的にも良いと思いました。
若畑のカシマサマ
そのあと、長者ヶ原遺跡を再現した公園に行きました。竪穴式住居が再現されており、子供たちの体験学習なども行うことができるそうです! 考古でもこういう公園あるんですね……。
image021.jpg

民俗学に近い部分では、古民家の再現などを行っている博物館は多いんです。ゆざわでもそういうことできないかな。

閑話休題。お次は、まちなか散策ということで、ジオガイドさんに案内をしていただきました。看板の作成方法についてや、審査時、予定していなかった場所への立ち寄り、通訳の方法など、実際の審査時に対応を考えた部分や困ったことを中心に教えていただきました。
image029.jpg
もちろん、ガイドさんにご案内もしていただきました。わたしの印象に残っているのは、なんといっても、雁木通りです! 以前、新潟県にある博物館(たしか新潟市歴史博物館だと思いました)を見学したときに、雁木通りを再現した豪快な展示がありました。ゆざわをはじめ、秋田県内で目にしたことがなかったもので、「北限と南限はどこなんだろう……」などと思っておりました。ぜひ実物を目にしたいと思っていたので、とても興味深かったです。文化的な景観として残しているというだけではなく、大量に降る雪を遮るという生活上の必要から継続されている、良い文化だと思います。
image031.jpg
そのあと、相馬御風宅へ行きました。わたし、不勉強でまったく知らなかったのですが、早稲田大学の校歌の歌詞などを作った方だそうです。ウィキペディアなど見ますと、『早稲田文学』などにも参加していたそうですね。そんな御風さんの終の棲家となった建物で、ジオガイドの方が行っている紙芝居を見せていただきました! 地元の「民話」を話す。言い方はアレですが、それくらいならふつうなのですが、なんと、その方は自分自身で話を採集しにいったそうです。わたしも少しだけ口承文芸(わたしが聞いたのは、「狐に化かされた話」でした)の聞き書きをやりましたが、しんどいんです、あれ。

個人的に面白かったのが、彼女が「民話」という言葉を使っていた点です。
お話しいただいた内容って、いわゆる「伝説」と呼ばれるものでした。いつ、だれが、なにをしたのか。それを事実として語る物語です。その一方で、話の終わりには「昔話」の結句を用いていました。昔話は、だいたい、「昔むかし~」などの起句ではじまり、最後、「とっぴんぱらりのぷう」(ゆざわのあたりは、こんな形が多かったはずです)などの結句で終わります。
つまり、何が言いたいかというと、彼女のお話は、型式は「昔話」のものを取りながら、内容は「伝説」のものであった、ということです。終わったあとに少しお話をお伺いしたのですが、この方は調査したお話を自分なりに形を整えて、紙芝居にしているそうです。おそらく、話の採集時には「伝説」の形式を取っていたはずです。それを「昔話」の形式に変え、そして、それを「民話」と言っている。わたしは、とても面白いと思いました。

油断するとすぐ文章が長くなりますね……。そんなわけで、今回はこのあたりで。事務局のかわべがお送りいたしました。
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湯沢市ジオパーク推進協議会事務局

Author:湯沢市ジオパーク推進協議会事務局
世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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