湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

インドア派推進員

2017-02-20

こんばんは。
めがねです。

ひよこ豆さんも触れておりましたが、今週は市役所職員向けジオパーク研修会や由利本荘市でのガイド研修会、等々、様々な事業があります。

そんな中ではございますが私は今月来月と休みが多く、先週金曜日から今週末まで連休に入りました。ここ数日は珍しく(?)本など読んでおります。地形だったり里山の環境だったり教育だったり、大学卒業以来なかなか開く機会のなかった類いの本を、今こうして読む機会ができたのもジオパークに来られたお蔭かな~などと思います。新たな小安峡温泉のお風呂に行ってみたり…のんびりとゆざわジオパークを味わっております。

とまぁ、今日は日記のような文章で申し訳ごさいません。再来週からまた、様々な事業をご報告させていただきますので、よろしくお願い致します。

雪で遊べるのも地球のおかげ。

2017-02-19

 おはようございます。ゆざわの子です。2月も後半となりましたが、ここ数週間は世界各地でスキーの世界選手権が行われていて、スイスのサン・モリッツで行われているアルペン競技は連日のようにBSで放送されていますし、今週末は秋田県内の田沢湖スキー場でモーグルのワールドカップが開催されています。
  日本のパウダースノーを求め、世界各地からスキーヤーがやって来ている報道を目にする機会も多くなりましたが、先日ジュネス栗駒スキー場でスキーを教わりながらインストラクターの方と話しをした際に、日本の場合1,000m級の山でもパウダースノーを楽しめるが、海外だと2,000m級以上の山に行かないとパウダースノーを楽しめないとの話しがありました。湯沢市近隣のスキー場だと、スキー場までの道路も綺麗に除雪されていますし、山道もほとんど登ることなく割と平坦な道となっているため、「よし、スキー場に行くぞ!」と気合いを入れなくてもスキー場まで辿り着くことが出来ることからもうなづける話しでしたし、当たり前と思っていた環境が海外の雪国にはない。だから、外国人が日本にやって来るのかということを知る良い機会となりました。
  今シーズンは、湯沢市内の平地でもパウダースノーの感触を感じる機会が多く、雪質の変化を実感しています。パウダースノーの日に車の上に積もった雪の除雪をしているとその感触に、今日のスキー場は最高だろうなとワクワクした気持ちになりますし、何よりも雪が軽いので家の前の除雪作業の負担が少なく助かります。
 先日、スキーレッスンのDVDを見ていたら、当然ながら、技術面の練習や怖気づかずに色んな斜面に挑戦していくチャレンジ精神が大事的な事が編集された内容のものでしたが、DVDの最後のエンドロールが終わった後に「この星で私達が雪と遊べることに感謝します。地球がいつまでも美しく平和でありますように。」というメッセージが流れていました。単純にスキーレッスンのDVDかと思いきや、最後に地球に感謝しましょうというメッセージがあるとは。ウインタースポーツもジオパーク活動と結びついていたとは思いもよりませんでした。
 これからもウインタースポーツを楽しみ続けるためにも地球という星に生まれたことに感謝し、みんなでジオパーク活動を続けて地球を大事にして行かなければなりませんね。
 以上、本日の担当はゆざわの子でした。
 

見えないあたたかさ

2017-02-18

1月後半から土日の事業が続き久々のオフ。ゆっくりと家族と過ごしました。地熱のような温かさで支えてくれる家族の理解に改めて気づきました。

来週は由利本荘市でジオガイド共通講座、ゆざわ学講座など多忙な毎日が続きます。ゆざわの見えない火山のようにいつマグマが噴出するとも知れない日々ですが、噴火をとどめてくれているのはそういった支援してくださっている方々のおかげです。

ひよこ豆でした。

ミラーマン 院内銀山を行く 明治以降の院内銀山(古河時代)

2017-02-17

この明治以降の院内銀山(古河時代)が始まって今回で3日目になりますが、
先回が明治時代の様子を描いた絵図についてご案内いたしましたが、
今回は、それに当時の写真もまじえ、しかも当時の様子が分かる文章もあるので、ご紹介します

異人館
この写真が明治時代の院内銀山の写真の中では一番有名なものです。
十分一の所を写したもので、異人館がひときは立派に建っていました。三松館(撞球場)は木の陰で良く見えません。
道路を挟んで手前の家並みは役員の人達の家でした。

十分一

写真が横向きになってしまい、見ずらいですが、十分一橋の方から院内銀山に向かっていく写真です。
道路の右側に三松館その奥に異人館が良く見えます。道路の左側には、家並みが続いて行きます


ここにある所長宅に入った人を、ミラーマンが分かる範囲で書きだすと
まず、最初の所長は、木村長七(明治15年)  明治20年頃は服部貞幹氏、この時銀山で不正事件が起きて、服部氏に代わり再び木村氏になり、その年のうちに蒲生庄七氏に代わり、明治の終わりころには近藤和作氏に代わりました。近藤氏は大正7年まで所長で居ました。それ以降については、わかっておりません。

 初代の木村長七氏が院内銀山を政府から譲りうけた時のエピソードが会誌 院内銀山に書かれているので少し紹介します。
古河時代になって初代の所長は木村長七という人物です。
木村長七は明治18年(1885)(今から132年も前のことになります。)に院内銀山が政府から古河市兵衛に払い下げられると同時に初代所長になり、明治繁栄期の基本を築いた人物です。
木村長七が院内銀山を政府から祓い受けた当時の様子が書かれた文章を紹介します。

「木村長七 自伝」より  (会誌 院内銀山 第19号 より)
 明治17年12月28日足尾より帰京しますと、院内銀山譲り受けの話が実際になりまして、私は1月早々受け取りに赴く事になったのです。工部省では一日も早い方がよいというので、明治18年の1月4日に東京を出立する事になりました。山代金は二十五カ年の年賦でありました。けれども貯蔵品の譲り受け代価は即金で支払うべき政府の命令であったのと、譲り受け後の営業に際し、資金を要する次第で有りましたから相当の金額を準備する必要があったのです。この金については古河翁が予め第一銀行の渋谷氏に話がしてある筈でしたから、私が第一銀行を訪問しましたが、銀行ではその話はよく承知していないとの事で、なんとも法が付かず、私は手を空にして帰りました。結局資金の準備なしに院内に赴くこととなったのですから、その苦痛は容易でなかったのです。しかし度胸を据えて、鉱山受渡し完了の際現金を要求されたら何とか申訳するつもりでおったのですが、幸いにも立会の官吏が多額の現金を途中輸送するのは危険であるから、代金は全て東京本店で受け取ることにしたいと言いだしたので、漸く難関を切り抜けた思いを致しました。
 院内に行く行程は明治18年(1885)1月4日に東京を出発し、第一日は宇都宮に泊まりました。(当時、まだ鉄道は開通しておらず、この年の7月に大宮から宇都宮まで開通)次の日は白河に、第三日は仙台に泊まりましたが、ここで草倉より助勢のため来られた実沢起作氏外六名の者と落ち合いました。実沢氏は青山金弥氏に草倉の所長を引き継がれ、院内銀山引受けに関し私の応援のため来られたのです。仙台を立つ時は、工部省側が上村氏とも二人、古河側が八人で一行十人となりました。仙台から関山峠を越えようとしましたが、大雪のため通行が容易でなく、遂に雪つかえのため作並温泉に二日逗留しました。人夫を二十人も出して道を作り、漸く通過し楯岡に一泊、それから金山で再び雪つかえにあって一泊、及位の宿を経て院内に到着したのは1月14日ですから、東京を立ってから十日を要した訳です。
 翌15年私は代理委任状を上村氏に渡し、1月20日を以て手続きは全部完了しました。しかし、役員、坑夫等全て従来のまま使用する条件でありました。引渡しが済んでから同所の斎藤周次氏宅で上村書記官の送別会を開きました。斎藤宅はかつて明治天皇が東北巡幸の際、院内銀山に行幸あらせられたとき行在所となった邸であります。


今回はこの辺で終了いたします。
ごきげんよう、さようなら。

真冬のジオパーク講演会開催しました!

2017-02-16

こんばんは。ゆっこです。
犬っこまつりも終わり、少しずつ雪が少なくなっているような気がします。
若干体調を崩し気味の私ですが、皆さんはいかがでしょう。
残り少しの冬を元気に乗り切りましょう!

さて、先週末に開催しました、真冬のジオパーク講演会!
とてもたくさんの方にご来場いただき、100席準備した会場が満員!
ご来場くださった皆さん、本当にありがとうございました。

満員の会場で、湯沢市ジオパーク推進協議会副会長の柴田武彦さんよりご挨拶。
P2120385.jpg

その後はさっそく中田さんのご講演です。
P2120398.jpg

講演会前の午前中に、少しジオスタ★ゆざわや犬っこまつりなどを見て回ってもらったのですが、その時の写真もさっそくとりいれてくださっていました。
P2120402.jpg

講演では、中田さんがよく行かれているというインドネシアのお話も出てきました。
インドネシアも火山の多い場所で、火山噴火による災害もたびたび被っています。
火山噴火によって引き起こされる災害、それを人の力でおこらないようにしようというのは、多分今後も無理でしょう。
でもだからと言って、火山は悪だ、どうして火山があるんだ、なくなってしまえばいいのに、というような負の感情を抱いてしまうのは、火山の多い日本で生きていくうえで、とても生きにくいのではないかと思います。
そしてなにより、火山があるから受けている恩恵もあります。
火山は噴火するものだ、では自分はそういう時にどうしたらいいのだろう。
一人ひとりがそういう風に考えることができればいいのかな、と思います。

講演の後には、活発な質疑応答もありました。
P2120426.jpg

中田さんのご講演の後は、休憩を少しはさみ永田さんのご講演開始です。
P2120433.jpg

永田さんは現在北海道地図株式会社にお勤めですが、その前は阿蘇ユネスコ世界ジオパークに努められていました。
阿蘇と言えば、昨年春に熊本で大きな地震があったときに被害を受けた地域の一つです。
その時に体験したことや感じたことなどもお話していただきました。

自分の住む地域は地震が起こる地域と思っている人が少なく、いざおこってみると、なんでこの地域に地震がおこったんだ、この後どうなってしまうのか、など、ただでさえ不自由な生活の中、やり場のない憤りや不安を感じている人が多かったのだそうです。
でも、日本に住んでいる以上、どの地域でも地震が起こる可能性はあります。
『おこるかもしれない』地震が起こるのと、『おこるはずがなかった』地震が起こるのでは、同じく被災するのでも心構えや気持ちの保ち方が違ってくるのではないかな、と思います。
P2120434.jpg

永田さんへも、活発な質疑応答がありました。
P2120453.jpg

今回の講演会は本当にたくさんの方からお越しいただきました。
今までジオパークの活動にかかわってくださった方ももちろん多かったのですが、広報の折込チラシを見てきていただいた方もたくさんいらっしゃいました。
情報を的確に伝えることができたら、今よりもたくさんの方にかかわっていただけるのかなと感じます。
活動内容もさることながら、広報の方法も頑張っていきたいと思います!

前回の私のブログにも書きましたが、今回の講演会に来ていただく際、講師の方々は悪天候に見舞われてしまいました。
会場へ来てくださった皆さんも、雪でお足もとが悪かったかと思います。
それでも無事に講演会を開催できて本当によかったです。
ありがとうございました。

では今日はこの辺で。
ゆっこでした。
プロフィール

湯沢市ジオパーク推進協議会事務局

Author:湯沢市ジオパーク推進協議会事務局
世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

御訪問ありがとうございます
カレンダー
01 | 2017/02 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 - - - -
湯沢市のお天気時計
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
検索フォーム
Yahoo!ニュース
RSSリンクの表示
QRコード
QR
都道府県別アクセス数
過去1週間の状況です

ジオターゲティング