湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

初代小町堂。

2015-04-13

 こんにちは、ゆざわの子です。
いきなりですが、下の写真が何の写真かみなさんおわかりになるでしょうか?

20150412224858f19.jpg

  タイトルに答えを書いてしまったので、すぐにおわかりになった方もいらっしゃったかもしれません。この写真は、平成7年に現在の小町堂が建てられる前の小町堂になります。現在の小町堂は東側が正面となっていますが、初代小町堂は向きが逆で西向きでした。小野小町を描いたと思われる絵も飾られていて趣きがあります。
  次の写真は小町堂側から北東方面を撮影した東鳥海山になります。
20150412224136789.jpg

 去年、メガソーラーが設置されて東鳥海山と現代とのコラボレーションみたいになってしまっていますが、霧が濃い日の早朝に東鳥海山の山の上部だけが見える日だと海に島が浮いているような景色になり不思議な感じを受けた記憶があります。
 ここ数回、小野小町に関するブログで続いていますが、「小野小町や小町と深草少将との悲しい恋物語などさらにこちらのジオサイトについてもっと知りたい。」または「ガイドさんみたいな人がいてもっと詳しく説明してくれるとかないの。」と思われた方もいるかもしれません。
 そういった方のためにゆざわジオパークにはジオガイドさん達がいらっしゃいます。
 ガイド付きによるジオサイトツアーの利用を希望される方は、ゆざわジオパークホームページよりメールフォームからジオガイトの予約をして頂くか、当事務局(TEL0183-55-8195)へお電話下さい。是非、ゆざわジオパークの世界をジオガイドを利用することでより一層楽しんで頂ければと思います。
 以上、本日の担当はゆざわの子でした。

AKT ゆるキャラ大運動会

2014-11-18

 どうもジュリーです。昨日は「しず小町」をつれてAKTゆるキャラ大運動会に参加してきました!秋田市にある市立体育館で秋田県内のゆるキャラ達が大集合するというイベントです。AKT45周年新春特別番組で1月2日昼に放送予定の収録に行ってきました。なかなか面白いイベントでしたが、しず小町は体系的に動きが制限されるので、かなりくたくたの様子でしたよ~。特に走り系は苦手のようでした。


DSCN62171.jpg

これはかけっこ競技の様子。1位20ポイント、2位15ポイント、3位5ポイント、4位0ポイントのポイント制です。

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これは「秋麻呂」君との2人三脚の様子。平安コンビと呼ばれ、仲むずまじく競争に参加したのですが、結果のほうは番組をご覧ください。

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司会はお笑いのザブングルのコンビ。ちょっと外す場面もありましたが、フォローがうまいなかなかの芸達者でした。正月からサザエさんの展覧会も開催されるそうで、応援に駆け付けたそうです。

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きれいなアナウンサーの方も応援席中継で懸命にインタビューしていました。

DSCN63031.jpg

午前中最後の競技は玉入れでした。応援団も大変にぎやかで面白いイベントでした。ただしず小町の体力的にはかなりつらいものがあったようですが…。
午後の競技についてはまた別の日にお伝えします。

ジュリーでした。

桜と雪と岩屋堂

2014-04-24

ゆるゆると暖かくなり、ようやくこの辺の桜も咲きはじめましたね
この調子だと、この辺はGWが見ごろでしょうか。
お花見(よりむしろお団子)が楽しみです

でも山間にはまだ雪が残る湯沢。
先日、小町関連スポットをたくさん巡ったのですが、
岩屋堂の周辺にもまだまだ雪が残っていました。

20140422_岩屋堂

足元の悪い中、山道をのぼり、
ふと現れた岩屋堂はとても不思議な雰囲気をたたえていました。

20140422_岩屋堂_2

それにしても、道中は軽いトレッキング状態。
ちょっとスリルのある道を歩くのも楽しかったです。

20140422_岩屋堂_3

最近、からだを動かす機会も少なかったので良い運動になっためいでした

美じん歴訪⑦ 野辺に咲く花 【完結】

2014-03-17

 みなさま、こんにちは。
 湯沢市ジオパーク推進協議会事務局のミレーです。


 今回で美じん歴訪シリーズは最終回になります。
 「七小町」にかけまして、七回で終了ということにしました。
 というわけで、小野小町理解に関して、何かしらの決着をつけたいと思います。

 また長いですが、どうか気張ってお付き合いください。


 さて、前回の記事において、小野小町の相手としての「深草少将」という人物に関して、ひとつの結論を得ました。
 「深草少将は、小野小町と関係のあった男たちや、小野小町自身の想いに取材して作り出された“器”である」というものです。


 それでは、「小野小町」とは、一体何者なのでしょうか?


 小野小町は『古今和歌集目録』において、「出羽国郡司の娘」と書かれています。
 この記述が本当なら、「小野小町は雄勝町出身である」という説が俄然強化されます。しかし、ここで注目すべきなのは、仮にこの記述が嘘であっても、「なぜわざわざ出羽国郡司の娘という設定を作ったのか」ということです。嘘か真かはさておき、“書かれている”ということだけは事実ですから。

 小野良真の娘云々はさておき、小野小町が本当に記述のとおり出羽国郡司の娘であるなら、話は簡単です。雄勝町こそ「小野小町」の出生地です。やったね!

 しかし、「後世の設定説」をとる場合、「なぜ出羽国?」ということが重要になります。

 小野小町が生まれたとされる800年代前半は、桓武天皇の命により坂上田村麻呂が蝦夷征伐を行った直後の時代です。その時の出羽(秋田県)は、都の人々にとって「なんだかよくわからないおっかない連中がたむろしている最果ての地」だったことでしょう。
 そして、後に六歌仙となり、数々の伝説を残すことになる少女は、“あえて”その“最果ての地”の生まれとされました。

 なぜ?

 以下のように考えられないでしょうか。

 「出羽」は都の人々にとって、未開にして恐ろしい場所であると同時に、むしろそうであるからこそ、ある種の畏怖、憧れ、そして神秘性をも抱かせました。
 女性としてただひとり六歌仙に選ばれ、紀貫之によって衣通姫にさえ比せられるほどの美貌であったと伝わる小野小町を“理解する”ために、“最果ての地・出羽からやってきた神秘の女性”という性格付けを行ったのです。小奇麗に区画整備され、人工物に囲まれた都ではなく、荒々しく鮮烈な自然に育まれた少女の方が、数々の活躍を成し遂げるに相応しいと思われたわけです。
 もちろん、火のない所に煙は立たず。小野小町の連なる小野氏が、実際に東北地方に縁が深かったということも大いに取材されたことでしょう。


 それでは、“本物の小野小町”はどこに?
 というわけで、いよいよ核心に近付いてまいりました。


 「小野小町」は一人ではなかった。


 これが私の論です。

 前の記事において、私は深草少将が創作の人物であるという事実から出発し、彼のことを『器』であると定義しました。

 そして、「小野小町」もまた、『器』である。

 このように考えたのです。

 よほどの活躍でもしない限り、歴史の中に名前すら残ることのなかった当時の女性たちにとって、「小野小町」の名は、彼女たちの生き様を刻み込み、映し出すことのできるこのうえない『器』でした。『器』だからこそ、同時代、さらに後の時代における数々の「女性の物語」を際限なく取り込むことで、「小野小町」という伝説の女性像が形成されてきたのです。
 古今和歌集においてあれだけの歌や贈答歌のやり取りが残されている以上、“六歌仙の小野小町”は間違いなく実在したはずです。そして、彼女こそ「小野小町」という器を作り上げる際の“核”となったことでしょう。ただ、“六歌仙の小野小町”の正体までは分かりません。あくまで個人的には“雄勝町の小野小町”こそ、その正体であると信じたいところですが、それはそれ。


 この「小野小町“器”説」をとることにより、小野小町理解は一気に自由度を増します。

 「小野小町は実在したのか、否か」・「小野小町の出生/死没の地は何処なのか」という終わりのない議論から解放されるのです。
 それは同時に、全国にあまた散らばる小野小町伝承に限りない承認を与えることにもなります。
 “○○県□□町こそ小野小町の出生の地である”という主張は、“その地から「小野小町」の形成に一翼を成した女性を輩出した”という「真実」へと昇華します。
 かの地の、名も知らぬ女性は、間違いなく「小野小町」でした。


 もちろん、“雄勝町の小野小町”も「真実」となります。
 それも、史実としての小野氏の経歴に始まり、過去の「神秘なる出羽」から現在の「秋田美人」まで連綿と続く確固たるイメージに裏打ちされた、歴史的にも物語的にも、限りなく「小野小町」の核心に近い女性こそ、“雄勝町の小野小町”なのです。
 そして何より、雄勝町には、かつて落魄した小野小町を暖かく迎え入れた際の優しさが、今もなお溢れています。


 また、ひとつ付け加えておきますと、秋田、それも特に県南地域における「美人」のイメージは一朝一夕に形作られたのではありません。この国の人間が「出羽」という地域を意識するのとほとんど同時に、「都とは決定的に異なる鮮烈なる大地」、そしてそこからやってきた「小野小町」という「美の顕現」に結び付けられ、「美人」のイメージが営々と紡がれてきました。
 さらに、小野小町の美の根拠となった「衣通姫」にまで目を向ければ、絢爛たる日本神話が両手を広げて待っています。

 歴史の曙からずっと、ゆざわは美の郷でした。



 結論としまして。
 以下が、ミレーの小野小町理解です。



 小野小町は実在した。
 しかし、「小野小町」はもはや“一人の人間”ではない。
 “実在した六歌仙の小野小町”を“核”とし、日本中から都に集まった“美しく才知に溢れ、されど名も知られぬあまたの女性たち”をモデルとして取り込むことで形成された『器』、それこそが「小野小町」の正体である。
 「小野小町」という『器』は後世全国に拡散し、現地の諸相を取り込むことで、さらに多くの伝説を生むことになった。

 “雄勝町の小野小町”は“実在した六歌仙の小野小町”であったかどうかの確証はないが、歴史的にも物語的にも、「小野小町」の形成に間違いなく巨大な役割を果たした。
 よって、“雄勝町の小野小町”は、紛れもない「小野小町」である。

 小野小町は、秋田県湯沢市旧雄勝町小野・福富の荘桐木田で生まれ、都では決して得られぬ自然の薫陶を受けて育った。大地の中で磨かれた溌剌たる魂は、大いなる風雅を開花させる土壌となり、類いまれなる詩歌の才として結実した。
 “都の外、遥か彼方の地”で育ったからこそ、小野小町は比類なき美貌に輝き、そして六歌仙たり得た。
 雄勝町で生まれ、育ったからこそ、小野小町は小野小町たり得たのである。

 “最終的に何がきっかけで”故郷である福富の荘に帰ってきたのかは定かではないが、小野小町はふるさとに暖かく迎え入れられ、静かに余生を過ごした。

  色見えで うつろふものは 世の中の 人の心の 花にぞありける

 移り変わる心の花を詠みつつも、枯れることのない花を、後世の人の心に咲かせながら……




小野小町



 佐竹本三十六歌仙絵巻において、小野小町は後姿で描かれており、どのような顔貌であったかを知ることはできません。

 それでいいのです。
 「小野小町」はひとりではないのですから。

 かつての誰かのように、「小野小町」に焦がれ、求める者に、彼女はきっと振り向いてくれるでしょう。




 本日のブログはミレーがお送りしました。


「美じん歴訪」 バックナンバー

① 世界三大……もしくは四大美人
② 男たちの物語
③ いとせめて 恋しき時は……
④ うたた寝に 恋しき人を……
⑤ 幾百の夜を通う
⑥ 深き草葉を越えて
⑦ 野辺に咲く花 【完結】

美じん歴訪⑥ 深き草葉を越えて

2014-03-11

 みなさま、こんにちは。
 湯沢市ジオパーク推進協議会事務局のミレーです。


 今回の記事は絵も写真もなく、ひたすら文章だけで猛烈に長くなっています。ご了承ください。



 前回は深草少将の百夜通いのエピソードから、後世において小野小町がどのような人物像で描かれ、その中で雄勝町がどのように小野小町を扱ったのかについて見てみました。

 ところで、小野小町の一連の物語の中で重要な位置を占めるこの「深草少将」、非常に今更な話ですが、実在の人物とは考えられていません。


 えっ!?


 深草少将は室町時代、『能』の演目として『百夜通い』が創作された時、その登場人物として一緒に誕生したと言われています。
 つまり、「深草少将」という人物は、「創作された」人物なのです。

 なんてこった! ということは、雄勝町における小町伝承はすべてまやかしだったのか!

 ……とはなりませんのでご安心ください。

 火のない所に煙は立たず、これがミレーの論であります。

 私が思う所では、深草少将は『器』でした。
 深草少将なる人物が創作される以前から、小野小町と関わりがあったと知られていた男たちの諸相を包括するべく作り出され、さらに作り出されてからも、小野小町に関わる男たちのエピソードのことごとくを、深草少将の名のもとに飲み込むようになった……『器』。
 すなわち、「小野小町を追って都からやってきた名も知られぬ男性」が実在しており、彼が「深草少将」の器を得て後世に名を残した……という可能性もないとは言い切れません。


 それでは、深草少将なる人物が誕生する以前から存在が知られ、特に室町時代の能作者が大いに取材したであろう、小野小町と関わりのあった男たちを列挙してみましょう。


○在原業平(ありわらのなりひら)
小野小町と同じ六歌仙のひとり。
『古今和歌集』の『恋歌』の巻において、小野小町との贈答歌のような順序で歌が載っています。また、『伊勢物語』の主人公(=昔男)とされ、そのなかでは実際に恋愛関係にある“色好みの女”との贈答歌として、先述の歌が採用されています。すなわち、色好みの女=小野小町となります。
このことから、後世小野小町と恋愛関係にあったとされました。
『髑髏小町』においても、失意のうちに斃れ、野辺で髑髏を晒していた小野小町を助け上げるのは業平の役目です。


○文屋康秀(ふんやのやすひで)
小野小町と同じ六歌仙のひとり。
小野小町に対する想いはなみなみならぬものがあったようで、自分が三河の国(愛知県東部)に赴任することになった際、小野小町に一緒に行かないかと誘っています。これはある種のプロポーズだったと思うんですがどんなもんでしょう。
それに対する小野小町の返事は、字面だけを見れば「Yes!」なのですが、当時の恋愛事情はそれほど簡単なものではなかったようです。


○遍照(へんじょう)
小野小町と同じ六歌仙のひとり。
出家前は良岑宗貞(よしみねのむねさだ)といいました。
俗時代に小野小町とどのような交流があったのかは定かではありませんが、『後撰集』において、出家した遍照を小野小町が訪ねてきた際に交わされた素敵なやりとりが記されています。


○小野貞樹(おののさだき)
六歌仙でもなく、あまり目立つ人物ではありませんが、『古今和歌集』からは、小野小町との強い関係性が見て取れます。
というのも、遍照はさておき、小野小町は贈答歌において基本的に“相手から歌を贈られてそれに応える”というスタイルなのですが、小野貞樹に対しては、“自分から歌を贈っている”のです。そして小野貞樹の返歌からも、小野小町に対する強い想いが感じられます。
小野貞樹の生きた年代を考えると、小野小町もそろそろ若いとはいえない年齢になっていたと思われ、色々な想像を掻き立てられます。


○安部清行(あべのきよゆき)
『古今和歌集』において、小野小町との贈答歌が記されています。
とはいうものの、ぴしゃりとはねつけられた感のある、安部清行にとってはなんとも厳しいやり取りです。
小野小町に恋い焦がれつつ、思いを遂げられなかった男たちの象徴……というのは言い過ぎでしょうか。



 さて、以上の五人は「歌」が残っていますので、実在が(ほぼ)確実視されています。伝説や創作の類ではありません。
 彼らの存在、そして歌のやり取りは小野小町という女性の人となりを想像させるとともに、やがて「深草少将」なる、「小野小町に恋い焦がれる男」へと結実していきます。

 しかし、まだ「深草少将」には成り得ません。
 なぜなら、「百夜通い」のエピソードになくてはならない「小野小町自身の想い」、そして「悲恋」の要素が欠けているからです。
(世に伝わる百夜通いのエピソードの中には、悲恋もへったくれもなくひたすら小野小町を高慢な女性と描き、挙句の果てに一計を案じて深草少将を殺してしまうようなものまで存在しますが、ゆざわの住民としてそういったお話はとりあえず無視しています)

 また、「深草少将」といいますが、「深草」とは一体何なのでしょう?


 ……ところで、小野小町の「町」とは、天皇の後宮に仕える女性に付けられる名です。
 そして、歴史書『続日本後紀』の842年の記事には、「小野吉子」なる女性が、仁明天皇の更衣として登場しています。

 小野小町の正体が小野吉子であったのかどうかは、ここでは問題にしません。

 しかし、伝承における小野小町の活躍した年代を考えると、この仁明天皇の治世(833~850)とずばり重なることも確かです。
 更衣とは天皇の妻のような立ち位置ですが、なにぶん“たくさん”妻がいるので、誰かひとりにべったり、というわけにはいかないでしょう。
 せっかく更衣になれても、想い人である天皇はなかなか訪れてくれないかもしれません。


  思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば 覚めざらましを


 小野小町が詠んだ数々の恋歌は、もしかしたら……


 最後に。
 深草少将は「小野小町を想う男たち」の象徴として形作られましたが、そこに「小野小町の想い」と「深草」という名を刻み付け、最終的に「深草少将」という人物を完成させたであろう、ひとつの事実を紹介します。



 仁明天皇の墓の名は、【深草陵】(ふかくさのみささぎ)……




 本日のブログはミレーがお送りしました。


「美じん歴訪」 バックナンバー

① 世界三大……もしくは四大美人
② 男たちの物語
③ いとせめて 恋しき時は……
④ うたた寝に 恋しき人を……
⑤ 幾百の夜を通う
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世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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