湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

異人館跡

2011-11-12

こんにちは 湯沢市ジオパーク推進協議会事務局のトビウオです

ついに週間天気予報に雪マークがつきましたね

最近は日中暖かい日が多かったので、なかなか実感が湧きません

平年の初雪を考えると、そろそろ降ってもおかしくはないんですけどね

さてさて、今日は異人館跡をご紹介します

異人館跡は、JR院内駅の西約3.5km、
銀山川の入口(国道108号から約120m奥)にあります

明治政府は「富国強兵」のもとに、日本の重要な鉱山の官営による再開発と振興、
経営の近代化に力を注ぐため西洋式鉱山技術の導入を図り、
イギリスフランスアメリカドイツから鉱山技術者を招聘しました

秋田県においても明治12年(1881)以降、阿仁、小坂、尾去沢、院内に
鉱山技術者が派遣されました

院内銀山に来山したドイツ人技師5名、クリスチャン・パンサ(器機師長)、
オスワルト・プァイフィル(坑夫頭)、ヒリッツ・シウェイン(洗鉱夫頭)、
タフルフ・ハイセン(機械師)、ベルンハルト・レーシング(溶鉱師)たちは
最新式の機械を導入しました

異人館跡は、工部省から銀山に派遣されたドイツ人鉱山技術者の住居跡です

技術者たちのために、当時では珍しかった洋式の建物が建設されました

異人館(明治27年頃)
明治27年頃の異人館

当時の人々は、ドイツ人技師たちと西洋建築を異人が住む屋敷「異人館」と称して
奇異の目をもって見ていました

洋式の建物に馴染みがなかった当時の人々にとっては、
なかなか近寄りがたい建物だったのでしょうか

明治16年(1885)、最後のレーシング技師が帰国した後は
明治17年に鉱山分局が置かれ、
銀山の民間払い下げ後は代々古川組の鉱山所長宅となりました

さらに銀山の衰退に伴って、
大正末期に十文字町の植田銀行の建物として使用されました

現在の異人館跡はこちらです

異人館跡(現在)

階段の右手にはバラの花びらを模した石垣が組まれています

バラの石垣

また、現在JR院内駅と隣接して院内銀山異人館という資料館がありますが、
こちらには院内銀山の歴史や岩井堂縄文洞窟遺跡の資料などが展示されています

ではでは、今日はこの辺で

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世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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