湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

第6回ジオガイド養成講座 終了!!

2012-02-05

皆さんこんばんは
最近寒いですねそんな中、第6回ジオガイド養成講座では、沢山の方が参加して下さいました

さてさて

私、夜の部に参加させて頂きましたが、今回は湯沢の歴史発見~古代から近世まで~という題にて湯沢の歴史について勉強させていただきました

まずはじめに歴史を知る時は、道を辿る。地形と歴史は大きく関わっている。ということです
昔の街道のあった道を線にして辿ると、羽後町につながっていくのです雄勝城は、実は羽後町にあったのではないか
天平5年(733)12月26日、出羽の柵(き)を秋田の高清水に移した。雄勝村に郡をたてる。←これに関しては、証拠がなく、続日本紀のみにそれが記されています

天平9年には、お城を建てるために、現在の旧雄勝町に国道を置いた、という文言が続日本紀に残されています

また、それ裏付けるべく大仙にある払田の柵で出土したものの裏には『おがち』と書いているものがありますが、外柵の年代を調べると801年であり、雄勝城ができたあとのものであることがわかり、羽後町に雄勝城があったとする説の方が有力としています

また、駅伝は古代の駅制を受け継いでいるということや、奥州十二合戦と呼ばれる前九年の役・後三年の役は、戦場にその名のあった駅があったからついた、とされる説や、松岡にある指定史跡には、経筒のために塚のような古墳があったことから、経済力・軍事力の現われではないかと、されている等々、本当に興味深い講義ばかりでした

また、鉱山である院内銀山は、天保の盛り山と呼ばれる所以について
関が原の戦いで沢山の失業者が出たことによりその人達が鉱山で働く人夫となり、銀山の繁栄に大きく貢献したことが上げられます
(ちなみに、三大鉱山収入は、産出物(金・銀・銅)、税金(税項目多い・21項目)、専売=絶対必要な物(米・大豆・鉛)(当時、鉛は精錬に必要不可欠)となりますちなみに院内銀山に入る前の物品は、十分一番所で税金をかけて徴収していたのです

とても簡単にですが、まとめさせて頂きましたm(_ _)m本当に、こういうことがあったんだなぁ~という思いや、歴史って面白いなぁ~という思いとが入り混じって私、気分上場です
しかし、これ以上書くとうまくまとめる自信がないのでこのへんでブログを締めたいと思います

今日のブログは、温泉に入ってきて家でまったりしながらブログ更新している湯沢市ジオパーク推進協議会事務局のふぢでした
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世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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