湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

稲川にある鉱山跡―来田(らいでん)鉱山―

2012-03-12

皆さん、こんにちは
最近またが降りましたねやっと3月になったというのに…本当に春はくるのか?と、思う今日この頃です

さてさて

今日は、「美の郷ゆざわジオパーク構想」にありますジオサイト候補地駒形
にあります来田鉱山(らいでんこうざん)についてお話ししていこうと思います

来田鉱山は、稲川町大倉集落の東山麓にあり、白沢鉱山跡に隣接しています
来田鉱山周辺の地質は、中新世(約2300万~約500万年前)の真昼川層の緑色凝灰岩と泥岩、そしてデイサイト~流紋岩からなります
来田鉱山の鉱床は、泥岩に覆われた凝灰岩中に層状に発達しています鉱床は、厚さ1.0~2.5m、東西約30m、南北約60mの粘土化帯に数個の塊状をなす黒鉱です鉱種は金、銀、銅、亜鉛です
また、横手市増田町の吉乃鉱山、稲川町の大倉鉱山、来田鉱山、白沢鉱山にわたる鉱山群は、地質学的に一体をなしています

来田鉱山

現在、鉱山跡地は、盛り土・土留、緑化等の鉱山公害防止工事が行われ、果樹園となっています
そのため、鉱山跡はほとんど分かりません

来田鉱山②
現在果樹園となっている来田鉱山跡地

~歴史~
明治30年代に来田沢において、地元大倉の山下養助氏が銀鉱を採掘していた記録が残っています。大正4年(1915)、来田沢の主要鉱床は採掘されていましたが、山下東吉氏は新たに採掘鉱区を設定し、操業を開始、従業員20~30人で、年間約160tを採掘しました。大正6年(1916)、銅価格の低落に伴って操業規模を縮小し、操業を続けました。
 昭和6年頃、新鉱床を発見し、翌昭和7年には111tの銅鉱を採掘しましたが、昭和10年頃休業状態になりました。鉱量を掘り尽くした観があり、戦後、大日本鉱業㈱が探査しましたが、再開に至らず、閉山されました。
 そして、昭和49年~50年には休廃止鉱山公害防止工事が実施されました。現在、山腹から流れる沢水は農業用水として利用されています。


と、このように湯沢には、湧水も豊富ですが鉱山も沢山採掘されていたことがこのブログからでも分かりますね
上手な締めの言葉が浮かびませんが、今日の地質と歴史のブログはここまでにしたいと思います

今日のブログは湯沢市ジオパーク推進協議会事務局のふぢでした
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世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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