湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

かつての独立藩

2012-03-23

こんにちは

昨日、第10回ジオガイド養成講座が行われ、≪初級の部≫全10回が無事終了いたしました

冬期間の講座でお足元の悪い中でしたが、毎回たくさんの方に来ていただきました

受講者のみなさん、本当にありがとうございました&おつかれさまでした

講座の詳しい様子については、明日のブログでお伝えします

さて今日の本題ですが、ジオサイト候補地の一つである岩崎地区に、
昔、独立藩が置かれていたのをご存知でしょうか

今日は、そのお話です

佐竹氏の分家である壱岐守家は、慶応4年(1868)、川辺郡椿川村字椿台の地2万坪を分与され、
小さいながらも一城下の形をとるようになりました

同年、戊辰戦争が起こり、80余人という少数の家臣ながら壱岐守家は目覚ましい働きをみせたため、
分封されることになりました

しかし、椿台は乾燥する場所で飲料水に乏しかったのに加えて、要害の地ではなかったため、
分封と同時に移転問題が持ち上がりました

そこで岩崎村の肝煎(きもいり)であった平兵衛は、金と力をいとわず東奔西走し、
みごと岩崎に誘致することに成功しました
(※肝煎…郷村の総責任者、現在の村長職にあたる)

明治3年(1870)2月、雄勝郡の内35箇町村と禄高2万石が与えられ、岩崎藩が誕生しました

小藩ながらも新藩の藩庁所在地としてにわかに活気を呈し、
新庁舎の建築が始まると多くの労働者が雇われました

藩庁、学館を中心に武家町ができ、城下町として町政が敷かれ、常磐町、獅子小路、二葉町、桃小路、
東畑小路、南畑小路、小松町、千年町、旭町、泉町、仲町、八幡町などの町名がつけられました

しかし明治4年(1871)7月、明治政府は廃藩置県を決行します

これにより岩崎藩は岩崎県となりましたが、同年11月、秋田県に統合されました

藩設置から2年目、1年と10ヶ月後のことでした

岩崎城跡からの風景

今日のブログは、湯沢市ジオパーク推進協議会事務局のトビウオがお伝えしました

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Author:湯沢市ジオパーク推進協議会事務局
世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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