湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

湯沢城は誰の手に?-前編-

2012-05-18

こんにちは

明日開催される森の市(主催:雄勝広域森林組合)にて、ジオパークのパネル展が行なわれます

森の市は、雄勝広域森林組合の敷地で行われます

パネル展はこれまでにも何度か行っていますが、
今回は出来たてホヤホヤのパンフレットも展示予定ですので、
ご覧になったことがあるという方もぜひ お立ち寄りください

さてさて、湯沢市役所近くの古舘山には湯沢城址がありますが (以前の記事はこちら

今日は、その湯沢城にまつわる歴史についてお話しします

湯沢城址本丸跡
本丸跡の案内板

鎌倉時代初期、小野寺経道(つぐみち)は雄勝郡に入部して稲庭城を築き本拠としました

その後、建治3年(1277)に雄勝郡支配の南の抑えとして、
三男道定に湯沢城を築かせたと伝えられています

輝道の時代の天正5年(1577)、横手朝倉城を本拠としました

小野寺氏は、最盛期には仙北三郡を領有した大名でした

小野寺義道の時代になると、山形の最上義光(よしあき)との間で
にわかに軍事緊張が高まりました

義道が旧領回復を目論んだ天正14年(1586)の有屋峠の戦いでは、
両軍痛み分けの結果に終わりました

しかし天正15年(1587)、秋田実季(さねすえ)を襲撃しようと、
刈和野に出陣しているところを最上軍に背後を突かれ、
兵力が二分した小野寺軍は敗退してしまいます

このとき最上氏は一旦軍を引き上げましたが、
雄勝の将軍の中にも小野寺氏劣勢と見て最上に投降する者が出てきました

天正18年(1590)、豊臣秀吉の命により太閤検地が行われ、
その結果、小野寺領の一部が最上氏に与えられました

しかし、これは検地を行なった大谷吉継の勘違いによるもので、
実質的には最上氏への朱印状(領地目録)は、空手形に終わりました

とはいえ、依然として最上氏優勢な状況には変わりがなく…

その後一体どうなったのか、次回に続きます

日曜~月曜の関東の天気がとても気になる
湯沢市ジオパーク推進協議会事務局のトビウオがお伝えしました
(JGN公開審査&金環日食があるので

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