湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

菅江真澄が見た小野小町、そして……

2013-01-11

 みなさま、こんにちは。
 湯沢市ジオパーク推進協議会事務局のミレーです。

 本日は、昨年末に打ち上げた小野小町研究について、ちょっとした進展があったのでご紹介したいと思います。

 まずはこちらをご覧ください。
小野のふるさと1

 当ブログでもたびたび登場している、菅江真澄が書いた紀行文「小野のふるさと」です。

  天明五年乙巳正月朔より四月のすゑまて、出羽の國おかちの郡のあらまし、
  小野小町のふる跡をたつねしを記たり。

 この紀行文のタイトル、そしてこの冒頭の書き出しから、天明五年(1785年)の時点においても、湯沢市雄勝町に小野小町の伝承が伝わっていることがわかります。
 湯沢市雄勝町における小野小町の伝承が、長い歴史と共に連綿と受け継がれてきたものだということが端的に分かります。
 しかし、極端な話ですが、小野小町伝承の地というだけでは、それこそ日本全国に100カ所以上もあるわけで、ただ伝承が残っているというだけではそれほど説得力が無いのかな……という気がします。

 そこで、今回の肝となるのが、次の一文です。


  はなたのやうなる布を、あつあつとさして着たる、いときよらなる女、老人にいさなはれて行は
  小野の人なり。あな、めてたの女と、人うちまもりたり。小町ひめのゆかりのこりて
  いにしへよりいまに至りて、小野の邑にはよき女いて來るとは聞と、かかるかほよき女は、
  世中にあらしなと酔なきしたり。


 小野小町は、古くは紀貫之に「古の衣通姫の流なり」と言わしめ、また世界三大美人の一人にも数えられるくらい、絶世の美女であったと伝えられています。そのイメージは巡り巡って、今日のいわゆる「秋田美人」のイメージの根っこになっているといっていいでしょう。
 そして、その秋田美人というイメージが近年になって突然湧いて出たものではないということは、菅江真澄のこの文章が証明しています。
 「いときよらなる女」とは、「とんでもなく輝くように美しい女性」という意味です。ちなみに「きよらなる」という言葉は、かの源氏物語の主人公、光源氏の誕生の際にも使われたような言葉です。そういうレベルです。
 美人はゆざわにいたのです。それもずっと。
 ゆざわは「小野小町ゆかりの地としてだけでなく、古くから人口に膾炙するくらい美人が多かった」のであり、菅江真澄もまさに自分自身の体験としてそれを実感しました。その結果、当時も色々な説があるなかで、菅江真澄自身、雄勝の小野こそが絶世の美女・小野小町のふるさとであると考えるに至るのですが、そのあたりはまた別の機会に紹介します。


 本日のブログは、ゆざわと美を結びつける試みのなかで、ゆざわと小野小町のより一層の結びつきを見つけられてうれしいミレーがお送りしました。


 なお、本文中の「小野のふるさと」の写真と本文は、国立国会図書館デジタル化資料・「秋田叢書別集 菅江真澄集 第4」から引用しました。
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世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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