湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ゆざわの文化:雨乞い

2013-05-29

 こんにちは、湯沢市ジオパーク推進協議会事務局のかわべぇです。
 本日は、ゆざわの雨乞い習俗についてご紹介いたします。
 まずは、雨乞いに関する伝説から見ていきたいと思います。例の如く、菅江真澄の記述を引用させていただきます。稲庭の「日照田村」の記述のなかには、「こだちさめのものがたり」というものが紹介されています。少し長いので、要約してご紹介いたします(「雪の出羽路(雄勝郡 一)」『秋田叢書 第三巻』145~147ページ)。

 稲庭城主・小野寺道俊が若かりし頃、ある夜、一人の顔の青い若い男が尋ねてきた。「殿の弓の腕前は世に聞こえ、私も存じ上げております。私はある沼に住んでいるものですが、毎晩、私を滅ぼそうとする輩に襲われて大変困っております。どうか殿の弓矢でもってあやつを射殺してください」と涙ながらに頼んだ。もしそれが達成されたならば、どんな願いでも聞き入れるという。
 その後、道俊は見事に約束を果たした。道俊は自分の領地である日照田の水不足の悩まされていたので、男に「日照田に雨を降らせてほしい」と言った。すると男は、「お安い御用です。もし雨を降らせてほしいときには、朝月山に向かって弓の弦を打ち鳴らしてください。それを合図に雨を降らせましょう」と言った。


 沼に現れるものの退治についての描写は省きましたが、おおむねこのような物語です。菅江真澄は、享保十三年の旱魃の際、村人たちが儀式を行ったところ、三日間雨が降ったという話もあわせて記しています。
 この物語は、雨乞いの伝説であると同時に、「日照田」の地名由来の伝承でもあります。この物語は、日照田にどんな由来があったのか、それを語る物語として伝承されていた可能性もあります。
 弦を打ち鳴らす動作も面白いと思います。『源氏物語』の夕顔の死の場面で、源氏が弦打ちを命じる場面があります。夕顔が怪死したことを受けて、あやしいものを祓う動作として描かれています。『源氏物語』と「こだちさめのものがたり」を直接結びつけることはできません。ですが、日本の文化における弦打ちについて考える素材のひとつにはなると思います。
 また、この「こだちさめのものがたり」には異説があります。

此の村(注:向野村)の艮方に黄蟾蜍澤といふに大沼あり、黄蟾蜍沼と云り。此沼に鮒いと多し、そがなかに注連掛鮒と云ふ魚まれ/〵に出る事あり、これを釣り得てもうち放つならはし也、しめかけ鮒は神の御贄に備ふものといへり 注連かけ鮭又鱒の魚もあるよしいへり。 むかし小野寺氏稲庭の舞鶴が城に住れける時、黄なる袴著て山吹色の衣著たる男ども其城に夜更て来りて、おのれらは尾引沼にとしふり住むものにてさふらへば、人さはにつどひ来て釣りし候得者身もすみうく命しなむこゝちし侍る、此うれひを止めさせたまはらば、ひでりには雨ふらせて五穀をうるほさむとて去ぬ。夜明て帯木沼に釣魚を制禁給へば、十日も経れば小雨そぼふる事今もしかり。

(「雪の出羽路(雄勝郡 一)」『秋田叢書 第三巻』80~81ページ)
 さきに紹介した話と同様の筋なのは明らかだと思います。どちらが先なのか、真澄の記述だけでは判断はできません。ですが、先の話は地名由来の伝説となっていたのに比して、こちらの話は特定の行動を禁ずる禁忌について語られています。「神の御贄に備ふ」とありますが、一体どこの何の神のものだったのでしょうか?

 さて、ゆざわの伝説といえば小野小町ですが、小町伝承のなかにも雨乞いに関する記述があります。菅江真澄『雪の出羽路』から、その記述を抜き出してみます。

○芍薬ノ苑     此あたりに家ありしにや、小町十三歳のとき芍薬一もとうへけるが今も残れりといふ。むかしより九十九本ありてふ俗語を伝ふ、なかころ根を掘りしものありしより柴垣ゆひ廻して厳重にせり、此花折ればかならず雨ふるといひ伝ふ、小町が家の苑なるよし

菅江真澄「雪の出羽路」(『秋田叢書 第三巻』186-187ページ)

 また、現在の湯沢市相川外ノ目付近だと思われる「外野目村」に関する記述のなかに、こんなことが書かれています。

○水神     炭焼沢にませり。此沢に池あり、此池に雨乞すればかならず雨ふるといへり。さゝやかなる池ながら水涸る事なく、雨祈りていつもしるしあるてふ。

菅江真澄「雪の出羽路」(『秋田叢書 第三巻』91ページ)

 稲庭にある三島大明神(現在の三嶋神社)についても、雨を祈ればそのしるし(験)がないことはないと言われていることを記しています(菅江真澄「雪の出羽路」(『秋田叢書 第三巻』141ページ))。

 さて、ここまでは菅江真澄の記述によってご紹介いたしました。次にご紹介するのは、前に紹介したジェンコマキに行ったときに、聞いたお話です。

 森嶽神社の神様を地元の方々は、ベンテンサマ(弁才天)と呼んでいます。「イチキシマと同じ」と言っていたので、おそらくイチキシマヒメが祭神だと思います(神仏習合により、イチキシマヒメと弁才天は同神とされました)。ベンテンサマは水の神様だということで、昔は雨乞いをしていたそうです。藁で作ったジャジャッコ(おそらく蛇々っこ)を作って、それを村内にあった沼の柳の木につるして雨を祈ったと教えていただきました。

 このように、ゆざわには雨乞い習俗が根づいていた跡があるようです。ゆざわジオパークでは「清水(しず)」をサブテーマとしています。豊かな水があるからこそ、おいしいお米や日本酒が作られる。それは確かだと思います。
 しかし、今回ご紹介した雨乞い習俗が点在しているのは、水不足に悩んでいた地域(あるいは時代)があったことを暗示しているものではないでしょうか?
 ゆざわは豊かな水資源にめぐまれるとともに、洪水等の大自然としての水の脅威にもさらされています。今後は、人が利用してきた水ばかりではなく、自然の驚異としての水や水が不足していたことを示す雨乞い習俗などにも注目し、ゆざわにおける水と人との関係への理解を深めていきたいと思います。

 以上、湯沢市ジオパーク推進協議会事務局のかわべぇがお送りいたしました!

≪ゆざわの文化≫バックナンバー
「カシマサマ(鹿島様)」
「小町伝承――小野小町は鹿の子どもだった?」
「カシマサマの衣替え(若畑)」
「泉沢番楽」
「ジェンコマキ」
⑥「雨乞い」
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湯沢市ジオパーク推進協議会事務局

Author:湯沢市ジオパーク推進協議会事務局
世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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