湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山エピソード3

2014-05-24

先回のブログの続きです。小関清水について後半部分を書きます。
先回までの内容、銀山で評判になっていた白拍子の小関太夫と大阪流れの江州生まれの浪人とが恋焦がれて、・・・・
『御覧の通りの浪々の身、とてもそなたを身請けして夫婦になることはすぐには出来かねます。数年待って自分の働きに
よって身請けの金を用意するまで辛抱してください」と諭しました。ここまで書きました。
今回は後編の最期までを書きます。
それに対し小関はそのご心配なら無用と自分の手箱の中から《ふくさ》に包んだ金銀を山のように出して、これで身請け
してくださいと申し出た。男は驚き、かつ喜び早速宿主に話をつけて、晴れて夫婦になった。その仲の良さは人もうらやむ
ばかりで、心もうきうき、瞬く間に時が過ぎました。
ところが、花には嵐、月には雲、あくる年の春の頃より小関は重い病にかかり、医者よ薬よと心にかけて、かの男も甲斐甲斐しく寝ずの看病をしたが、良くならず、すでに最後もちかく夫の手を取って『定る道は是非もなし、今生の別れに後々までも菩提を弔って下され』と言い残し21歳を一期として、ついに身まかった。
ここに男の嘆き、悲しみは強く、ことのほか哀れに思われ、人々の同情を受け葬礼のいとなみも諸人の手を借りて、小関の骨を埋めんと穴掘り底石を起こしたところ、その下より”こんこん”と清水(しず)が湧き出して埋めることかなわず、後にこの清水(しず)を小関清水と称して、往来の人々の”のど”を潤して、いかなる干天にも渇くことなく、人々の心に”小関の悲恋”のことを思い起こさせて、銀山の語り草になった。
男は悲しさやる方なく、遂に世をはかなんで、あるお寺で仏門に入り僧となって、小関の菩提を弔ったが、そのうち、何処とも知れず行方を絶ってしまいました。
それより後、三十数年を経た明暦元年(1655)に角左衛門と名乗る僧形の男が銀山に来て、小関清水に《染め石》(馴染の石)という自然石に≪南無阿弥陀仏≫の六字の御名号を彫ってねんごろに供養をし、誰に言ううともなく立ち去った。
たぶん、この僧こそ小関と契った彼の男ではないかと、銀山でもっぱらの評判になりました。(院内銀山記より)
この清水は何時の頃か、埋もれてしまい場所が分からなくなってしまいました。
ところが、昭和52年に主礼坂下の整地作業中に、偶然言い伝えの場所を発掘したところ、洞窟の中に”小関清水”と≪
南無阿弥陀仏≫の名号を刻んだ染の石≪石碑≫が発見されました。院内銀山記に書かれていた”小関太夫”記述が
事実であるここが判明しました。
今でも、主礼坂にありますので、院内銀山に行ったときには、必ず車を降りて見てください。
それでは、”小関清水”の悲しい物語を終了します。


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