湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山記エピソード4

2014-06-01

先回まで2回にわたって書きました小関清水のある主礼坂について、ブログを書きます。

    主礼坂由来
慶長11年(1606)5月初めの頃、院内銀山の役人が会議をしていた。
その時話された内容の中に、十分の一所から銀山へ向かう道の中に非常に危険な場所があり、人馬の往来が
とても厳しいので、何とか街道を普請することと決め、大頭へ願書を提出した。もっともな願いなれば、このままには
しておけず、山形忠兵衛に久保田まで向かわせ注進した。 老中役人達が評議して、もっともなことなので普請に
早急に取り掛かるようにご沙汰がでた。 道奉行として小野崎主礼が命を受け、夜を日に継いで銀山に登ってきた。
 その年の5月29日より近在の百姓に触れ渡し、右側は川で通れないが、左側は険しい崖であるが何とかなると
見分し、12丁ヶ所普請した。向かいは山があって難所であるが切り割りて往来とすべく金掘りを多く抜てきして、
朝は六つより人足に取り掛からせて、夜は六つの下刻まで働かせた。
 多勢の人足で取り掛ったので何とか道路が出来た旨注進した。  
 主礼が働きこのたびの勤功なりとて、知行15石御加増下された。
 家の面目世の誉れ、世は時移れども今にその名を残し、主礼坂と呼ばれて伝えられている。
 めでたし、めでたし。


***主鈴坂(この字は養安日記より)
初期の道は共葬墓地から山を登り、急坂を下って銀山町中心部に入ったが、相当な難所である。寛文10年(1670)
頃銀山奉行塩谷主鈴により、川沿いの崖を崩して主鈴坂を作ったとされる。崖上旧道に庚申碑があったが、雪と樹根
に押されて下からは見えなくなってしまった。小関清水は古来銀山名所として知られているが、≪銀山記≫の(小関
太夫物語)にある清水で、≪銀山記≫巻三には後日譚として、小関死後37回忌の明暦元年(1655)弥陀の名号を
刻んだ碑を建てたとある。昭和53年ここを発掘したら『南無阿弥陀仏』石碑が発見され、小関太夫物語が事実である
事が判明した。幕末期には主鈴坂下に表御門が置かれた。
主鈴坂対岸一枚岩下部に、《安政5年午年(1858)五月伊勢卯吉》の銘のある岩不動があり、卯吉は金名子で大き
な墓が共葬墓地に残っている。

現在の主鈴坂

現在の主鈴坂
※現在の主鈴坂です。


小関清水の石碑
※この写真は、主鈴坂にある小関清水の中の南無阿弥陀仏の石碑です。
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