湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を書く

2014-06-17

早いもので、もう順番が回ってきてしまいました。
先回までは、院内銀山記に書かれている内容を、ある程度要訳して自分なりの言葉で書いてましたが、訳すのが
大変で今回は銀山記の記述でなく、公になっている院内銀山に関する資料より、ブログを書きます。
 《院内銀山の発見について》
院内銀山発見については、二つの説がありますが、有名な村山宗兵衛が発見したといわれてる内容の話を書きます。
院内銀山は、慶長11年(1606)越前出身の村山宗兵衛・会津出身の渡辺勝左エ門・伊勢出身の森治郎右エ門・仙北
出身の石山傳助等によって発見された。村山宗兵衛は関ヶ原の戦いで敗れて浪々の身になり、仙北の長野に一時身を
寄せていた。さらに小野にきて仲間と砂金採りをしていた。その場所は、小野小町伝承で有名な岩屋堂近くの雄物川で
あった。その場所の山の奥には金入沢とか金山と言われる場所があり、(今でもその場所では、砂金が取れます)沢を
登って砂金採りをしているうちに、峰を越えて院内地区に入り、その夜霊夢を見た。ここからさらに山に分け入れば、さら
に素晴らしい良鉱があるといううものだった。そのため、奥山に入って行き、ついに一大露頭を発見した。
 最初に発見した露頭は、現在の不動の滝付近で、不動抗であると思われる。(現在は立ち入り禁止区域になっている)
院内銀山中もっとも古い坑口で、かつ、川中の露頭のため、水抜きが悪く、10数年にして、採掘困難となり、慶長19年
(1614)から寛永7年(1630)まで、約15年間にわたり山奉行梅津主馬から延べ600石の「御普講貸し米」を受け
山方役加賀谷半兵衛が千枚平の大水抜きの大工事を達成し、さらに現在最古の坑口として残っている早房坑を新たに
掘削して、坑道内において不動坑の鉱脈と連絡合致させたとのことです。
  それでは、今回はここまでで終わります。さようなら。
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