湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を歩く 異人館編パート2

2014-10-23

先回、異人館の事について書きました。
今回は、異人館の最初の住人であるドイツ人技師について少し書きたいと思います。
明治維新後、銀山は秋田藩から新政府のものになり、明治4年には小野組にまかせましたが、4年で倒産。再び、新政府が管理しました。その頃ようやく院内銀山が有望であると分かってきて、明治10年頃より起業公債40万円の決済を得て、大々的に投資して近代化することを計画しました。それ以前の最初の院内銀山支庁は国司仙吉で明治10年からは院内銀山の近代化を推し進めた第一の功労者鹿児島県士福島晩郎が工部四等権大属として、また、院内銀山主任として着任。同時に牧相信が技術主任として来山した。そして明治11年より新たにドイツ人パンサーやロージングなど計5人を雇い入れた。破格の給料を出して迎いれたのです。この時に十分一に異人館を立てて住まわせました。この5人の技師を院内銀山に迎えたことから、銀山で使う機械を一新してドイツから購入。従来の古いやり方を一変させた。この機械の件については、次回に回します。今日は、5人のドイツ人の給料について書いて終了いたします。
オスワルト・パイフェル  12年3月~15年5月  坑夫頭  150円
クリスチャン・パンサー  12年5月~15年5月  器械師長 500円
タフユル・ハイセン    13年4月~15年5月  器械師   250円
フィリップ・シュユキン    14年1月~15年11月 洗礦夫頭 125円
ビー・ロージング     14年4月~16年6月  鎔鑛師   300円
という給料を支払った。当時としては破格の金額を支払ったのである。
当時の普通の役人の給料が8円から15円の時代である。(当時の政府の大臣クラスの給料をもらっていた。)
明治期の異人館の写真
写真右上の洋風の2階建ての建物が異人館です。その横にドイツ人の為の遊技場が建っています。
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