湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山跡を行く

2014-11-10

先回は、院内銀山跡を行くで、白銀小学校跡について書きました。
本来でいけば、共葬墓地について書くところですが、ちょっと寄り道(ちょっとユリミチ)をしたいと思います。
何回かに分けて、明治維新後の院内銀山が近代化を図りますが、その時に活躍した重要人物について、ミラーマンがこの人はと思える人物を何回かに分けて書きたいと思います。

 院内銀山 明治初期に活躍した人々 (会誌『院内銀山』第30号より)
 みゆき坑の官員達  福島晩郎と牧 相信  (吉田 國夫著)

1、鉱山技師長、ゴットフレーの来山
 院内銀山は、明治8年(1875年)11月工部省が所轄する官営のモデル鉱山として発足した。この制度を設けるにあたって、明治4年(1871年)鉱山師長ゴットフレーが来日する。
 翌5年7月栃木県下野国安蘇郡足尾銅山に始る三陸(陸前、陸中、陸奥)両羽(羽後・羽前)の鉱山の点検が師長以下、工部省技術官史一行十数名によって4カ月に渡って行われた。
 秋田県下の調査は、山本郡荷揚場村の加護山製錬所に次いで、9月22日からは、阿仁銅山の調査が始まった。
 阿仁鉱山の調査が終わり、師長らの一行は、9月29日(新暦10月31日)角館で朝を迎えた。寒さが厳しく、夜来の雨も上がって山の嶺には初雪を見たと記している。ここを8時過ぎにたち、午後2時に六郷で昼食、夜6時横手に到着、一同『門兵衛』に宿を取る。
明治期の旅館
この写真は、明治から大正にかけてあった湯沢駅前の旅館の写真です。おそらくゴットフレーも横手では子のような旅館に泊ったのではないか。
IMG_0185.jpg
(すみません、今回も写真が横を向いてしまいました。直し方を分かる人は教えてください。)
この写真は、明治初期の湯沢の前森あたりの街道沿いの民家の様子。藁屋根の民家が続いています。ゴットフレーも子の様子を見ながら、湯沢に入ってきました。
 それでは、今回は、これでお別れです。ごきげんよう、さようなら。
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世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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