湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を行く  福島晩郎編続編

2015-01-15

院内銀山において明治の近代化を推進した一番の立役者である福島晩郎について書いてきましたが、今回は先回に引き続き、晩郎のお孫さんが書いた記事の後篇を案内いたします。この中では、明治天皇が院内銀山に巡幸し、五番坑に入られた様子を描いた絵画を、お父様と見た時の思い出が書かれていますが、その時どのように感じたか、それぞれ考えてみてください
    祖父 福島晩郎について
           北九州市若松区     福島 幸男
の後篇、
大正7年(1818)私が小学校5年生の時、私達一家は姫路市から東京下谷区(台東区)に移り住む事になり、中学生になった夏休みの或る晴れた日私は父に連れられて、代々木にある明治天皇聖徳絵画館を見学した。ここで明治天皇が明治14年(1881)東北北海道御巡幸の際、院内銀山に御臨幸され行在所では簾(すだれ)ごしに御言葉を賜った事又坑内まで御先導申しあげた事等祖父晩郎についていろいろと話をしてくれた
 以来私の脳裏に深く残り、何時の日か必ずこの祖父の墳墓の地を訪れたいと思っていたが、幸い昭和56年9月21日祖父晩郎没後百ヶ年目に、院内銀山史跡保存顕彰会の御厚意に依り、九州よりはるばる馳せ参じ初志を貫徹墓参を済ませた事は終生の満足と感激であった。
 没後晩郎が工部省から祭祀料(参百円だったと云う)と共に下付された賞状はつぎの通りである。
       故一等属  福 島 晩 郎
 維新以来生野其外各地ノ鉱山ニ在勤就中生野鉱山土民蜂起の砌(みぎ)リ主住ヲ助ケ盡力(じんりょく)帳簿及官舎ヲ保護シ加之院内鉱山改良起業来書夜白勉励旧習ヲ一洗シ既ニ該事業ヲ竣ヘントスルニ際シ遂ニ任所ニ死シ候段其功労不尠依之特別詮議ヲ以為祭資料別紙目録ノ通り下譜賜候事
     明治十五年八月十日
               工部省
 前期の賞状は表装(横額)として残している。又晩郎自筆のものに出張の途次その胸中を詠んだ。漢詩が掛物として残っている。外に大島圭介氏(号如楓)から明治13年に贈られた書の『山高水長』が横額として残っているが、何れも可成傷ついている。
 尚祖母力子(晩郎の妻)の墳墓は東京芝三田台の重秀寺にあり、小生少年時代壮年時代に幾度か墓参をした。
会誌『院内銀山』第九号にて掲載記事

(17)御幸坑、明治天皇壁画IG45-036-g1200
このコピーの絵は、明治天皇が五番坑にまさに入ろうとしている様子を描いたものです。(東京の《聖徳記念絵画館》に現物が展示されてます。)ここに描かれている人は、真ん中の明治天皇の近くに有栖川宮熾仁親王と北白川宮能久親王で、坑内でカンテラ(ビスケット缶にて)を見つめている人は工部大輔 『吉井幸輔(友実)』で、その近くにいるのが福島晩郎や牧相信と思われます。明治天皇の後ろに描かれている人物は、おそらく参議の大熊重信・大木喬任、陸軍卿の大山巌、内務卿松形正義の誰かと思われます。そうそうたるメンバーが加わっていました。
今回で、福島晩郎関連のブログは終了します。
次回からは、明治の近代化の実質的な立役者である『牧相信』についてご案内します。
それでは、ごきげんよう、さようなら。
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世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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