湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を行く 明治の近代化を推進した人々 牧相信編

2015-02-08

先回は、牧相信が院内銀山に来て、院内銀山を去るまでの期間をすこし案内しましたが、今日は、その時の一大イベントでした、明治天皇の東北巡幸の際の院内銀山たちよりの様子を、詳しく案内いたします。
明治天皇の東北巡幸は明治14年に行われて院内銀山の行幸は9月21日にありました。
明治14年9月20日に湯沢で一泊されて、21日に院内に向けて行列が進んできました。
小野地区では、明治天皇が向野寺におかれている『小野小町像』をご覧になるかも知れないと、言うので《小町像》に色を付けてしまいました。それが今では色がはげてしまい汚くなっています。
院内に入ると、斎藤家でいったんお休みになり、それから院内に向けて出発しました。馬車で行きましたが、途中からかごに乗り換えて院内銀山まで行かれました。
院内銀山では、鉱夫達の仕事の様子を見たいとのことで、五番坑や大切坑などを見学されました。
そのうちの、五番坑見学の様子を少し詳しく案内いたします。
 明治天皇は、有栖川宮4熾仁親王と北白川宮能久親王を供奉されて5番坑入坑し、実際の採鉱現場や選鉱場、製錬所などを天覧された。東京神宮外苑の『聖徳記念絵画館』には、その模様を伝える『山形秋田巡幸鉱山御覧』(五味清吉作、古河虎之助寄贈)が常設展示されている。今、まさに坑道に入ろうとする軍服姿の明治天皇が中央に在し、手前でカンテラを見つめるのは、薩摩精忠組の志士で当時の工部大輔 吉井幸輔(友美)である。両者の間で頭を下げる人たちは、おそらく院内銀山の要員で、この中に牧相信も居たことだろう。採鉱に関しては彼が実質最高責任者であるから、天皇のご下問にも答えるなど、生涯最高の栄誉と緊張で身も震えながら、天にも昇る気持ちであったに相違ない。この5番坑はこの後、『御幸坑』と改称して閉山後も整備され、当日の9月21日は現在も「日本鉱山記念日」に制定された。(牧相信の面影より、 インターネットのジローくんの日記より)
この中で出てきた、『カンテラ』については、天皇陛下があまりにも急に坑内に入るといわれたので、ドイツ人技師がたまたまもっていたビスケットの缶を改造してカンテラにしたそうです。


明治天皇 入坑図
見取り図御幸坑
 それでは、今回はこれでブログを終わります。ごきげんよう、さようなら



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