湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を行く 西三番共葬墓地編 坑内火災者墓(親分墓)

2015-03-22

先回は、西三番共葬墓地の入口右側にある『小山勇』墓(戊辰戦争で亡くなった人)について、詳しく案内しました。
このように、特徴のある御墓について、いろいろな資料をもとにご案内していきます。
今回は、お墓に入って正面にある聖観音像や三界萬霊塔のすぐ後ろにある《明治39年1月4日》坑内火災で亡くなった親子の墓(親分の墓とも言われている)と、その近くにある坑内火災で亡くなった別の人の御墓をご案内します。この坑内火災は院内銀山の長い歴史の中で、最大の災害で102名ともそれ以上の人が亡くなったとも言われている大惨事でした。

2015_03140002.jpg
上の写真の⑤と⑨の場所にある御墓です。
35.jpg
この写真は御墓の入口から正面にある三界萬霊塔ですが、この塔の左側後ろに写っているのが、千葉親子の御墓です。
千葉親子墓
墓石の絵
大きく写したのがこの写真です。これは千葉親子のもの。
墓の右面をみると、明治39年1月4日とあり、他にいろいろ書いてあるが、最後に千葉早重その横に同重信の文字が見える。(ただし、当時の魁新聞が出した院内銀山坑内火災犠牲者リストには、千葉早重・千葉重信の名前はなく、千葉姓では千葉好市(19歳)や千葉喜蔵(35歳)・千葉藤太郎(32歳)の3人の名前しかない)

もう一つの御墓が
坑内火災②
坑内火災3
この墓は吉谷亀吉氏30歳の墓で、当時の魁新聞の火災犠牲者一覧にも名前が載っていて、
住所が富山県道下村で職務は坑夫となっている。
両方の墓石の土台の部分に、瓢箪と盃が彫られていて研究者の話では、生前お酒が好きで、あの世でもお酒が飲めるように彫ったのではないかと言われている。この瓢箪と盃が彫られた御墓は、ミラーマンが知っている限りではこの二つであるが、雪が溶けて、御墓が見えるようになってきたら、再度細かく調べてみたいと思っています。


それでは、次回は、院内銀山史上最大の鉱山事故である、明治39年1月4日の坑内火災事故について、詳しく案内したいと思います。
 それでは、ごきげんよう、さようなら。
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世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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