湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を行く 西三番共葬墓地編 坑内火災で亡くなった人の墓

2015-03-28

先回は、明治39年1月4日、院内銀山の400年の歴史の中での、最大の災害である坑内火災で亡くなった人の御墓について案内しましたが、先回に引き続き、今回も坑内火災について詳しく案内をしていきます。
当時の魁新聞の記事が、明治39年1月7日~14日まで出されているにで、その記事を案内していきます。長くなりますので、2回に分けて案内します。(やはり、この坑内火災については院内銀山研究の中でも最も重要なものの一つとミラーマンはかんがえていまう。)
 
 明治39年1月4日  院内銀山大惨事      会誌より

◎出火の日時・場所・原因 
明治39年1月4日午後4時頃、始めて外部に火焔噴出を見る。(この年は丙午=ひのえうま=五行説によって、丙は火の兄で、午は正南であるので火災が多いとされている)
 場所は坑内五番坑(御幸坑)小字川上の山一第二竪坑より出火とみられる。(この竪坑は、全坑の送風筒があって、全坑内に空気を吹き込む設備があって、付近はつねに雷鳴のような音が間断なくして、一切の火気の使用は禁じられていた。)
 原因は、風評であるが当日坑内で働いていた坑夫等が、寒気の為火を焚き暖をとっていたところに、鉱山役人が見回りに来た事を知り、あわててその火を消したが疎漏であったため坑内に燃え移ったものと言われている。
◎当日の状況
 坑内に稼いでいたもの268名で、火事のことを知り前後を争い、坑外に出ようとしたが、鉱山役員が「もう鎮火した」と叫んで廻ったので再び引き返した処、その途中に及んで炎々たる焔が一時に噴出して、坑夫等は逃げ場を失ってしまった。
 鉱山では火は盛んに坑道から噴き出したため、役員等は消火上の必要から四つの坑口(御幸坑・山一第一竪坑・第二竪坑・岡六番坑と思われる)を閉鎖してしまったので、既に脱出したものもいたが、避難し得なかった坑夫等は大熱地獄にあって窒息し、無惨な死を遂げるに至った。辛うじて避難した坑夫は268名中167名で109名は窒息死した。(魁には103名とある)
 坑内の火災は果して鎮静したかどうか知ることは出来なかったが、尚容易に排出出来ず、今後三、四日経たなければ坑内の詳細を知ることは不可能とのことであった。
 鉱山では坑夫50名を適当の場所に配置し死体を捜索すると同時に、一方でガスの中毒者を保護しているが、一昨日の中毒で人事不省に陥った者9名は間もなく蘇生した。この内巡査菅原亀五郎は二回中毒したが注射で蘇生した。
◎善後策(次のように内定した)
(一) 葬式料 一人十円以上三十円以下を給すること。
(二) 家族救助費 百円以上三百円以下を給すること。
(三) 家族特別手当 三十円以上を給すること。
(四) 東京本社より五十円を下らない金額を給すること。(照会中)
(五) 院内慈善会より三千円を支給し平等に分配すること。
(六) 有志寄付(目下百五十円)を分配すること。
(七) その他
として知らされた。

 ○ 一月九日の秋田魁新報より 
院内銀山の惨事については既報に如くであるが、窒息死したもの百一名中死体の発見された者は五十八名で、他にもいることは疑いないが、今尚ガスのため坑内に入ることは出来ずこれは全く閉口しておるとのこと。
 鉱山では専らガスの排出に尽力しているが、何しろ竪坑の深さは数千尺(山一竪坑では約四百米)あるため無造作に排出されないとのこと。
 火災は竪坑の何尺目から起こったか調査することも出来ず、そのうえ大切地並以下は出水して排除しなければならないので、若し死体がこの下にあるとすれば発見まで幾日要するか予測はつかない状況である。

 今回は、ここまでにいたします。ごきげんよう、さようなら。
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世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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