湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を行く 西三番共葬墓地編 餓死供養塔

2015-05-19

先回、餓死供養塔の案内をしましたが、
今回は、それをさらに詳しく案内します。


茶谷十六 院内銀山も日々 「門屋養安日記」の世界
 餓死供養塔 食糧求め銀山目指す。


 「今度の墓地整備作業の中で、珍しい石碑が見つかったんですよ」
 院内銀山史跡保存顕彰会会長の諸越錬治さんに案内されたのは、三番共葬墓地の外れに立つ大きな自然石の石碑であった。土の中にすっかり埋もれていたのを、掘り出して立て直したのだという。正面に大きく「餓死供養塔」の文字が刻まれ、右側面に「天保六未年八月」の文字があった。
 天保四年(1833)年の「巳年の飢渇(みどしのけがち)」の犠牲者の供養塔で有ることは容易に想像される。
 天保四年、東北一円は未曽有の大凶作に見舞われた。特に日本海側の青森・秋田・山形で被害が大きく、この年の年末から翌五年の春にかけて、多くの餓死者が出る大飢饉となった。その惨状は「巳年の飢渇」という言葉と共に、東北各地の村々に今も語り伝えられている。
 この年、雄勝郡では、春の気候が良く、田植え後の稲の生育が順調で、かつてないほどの豊作かと喜ばれていた。ところが、五月下旬に「大変の陰雨」となり、その後も度々「冷雨・洪水」に見舞われた。六月中旬には「水霜」降り、綿入れを着る程の寒冷な日が多く、稲の葉が黄ばんできた。八月三日に鳥海山に初雪が降り、下院内村では、九月二十七日から二十九日まで雪が降り続いた。田植え後の冷気と長雨、そして早い降雪が、米作に壊滅的な打撃を与えた。収穫は平年作の二割、皆無というところもまれではなかった。

 天保四年末から五月初めにかけて、米不足が決定的となり、米価が高騰する。秋田藩では、不足分二十三万石と計算し、大坂から十万石、加賀から三万石の買い米を計画したが、冬期間の海上輸送はななならず、飢饉はの決定的となった。人々は、粟・稗はもちろん、とち・しだの実、さらにわらびの根・松の皮を採って食料とした。
 「巳年の飢渇」の犠牲となって、餓死また疫死した人は、秋田藩の全人口約四十万人のうち十万人にも上がったと伝えられた。
 雄勝・平鹿二郡の郡奉行湊曽兵衛の調査では、人口約八万五千人のこの地で、天保三年五月から四年五月までの間に死亡した人数は、千七百八十五人であるが、天保四年五月から五年五月までの間に死亡した人数は、五千五百四十七人であるという。この地域の寺々過去帳によっても、平年の四倍から五倍の死亡者があった事が知られる。その多くが飢饉の犠牲者であったことは間違いない。
 藩では各地にお救い小屋を建てて飢民の救済にあたった。久保田城下には牛島・笊町・八橋・上野の四カ所に、各郡には二カ所ずつの小屋を作り、一人一日に一合五勺の粥を支給したが、それでも毎日一小屋で十五、六ずつの餓死者が出た。
 人々は食料を求めて山野をさまよい、力尽きて息絶えた屍が、風雪にさらされて朽ちていった。食を求め、藩境を越えて仙台城下桃源院の境内に到ってこと切れた秋田領民百四十六人の記録が残っている。

 天保四年、院内銀山では、産銀高が一千貫を超え、これから十年間継続する「天保の盛り山」のスタートを切った。銀山町全体が盛況に沸き立っていたまさにその時期、院内銀山を取り巻く周辺の村々では、凄惨な地獄絵巻が展開されていたのである。
 三番共葬墓地に立つ「餓死供養塔」は、何を意味しているのか。だれが、どのような状況の中で、何のために建てたのだろう。
 矢島の医師大井光曙の日記に、次のような記述がある。
 「天保五年二月三日、雪、風強し。今夜、田中町・館町・新丁の者共一統、棒・鳶口を持ち、観音堂長床に詰め、新丁五平宅・館町宇之吉を始め院内銀山へ米越し候共を打ち壊し致すべき由、町役中聞き及び、差し止め、尚石川屯様、観音堂へ参り候処、皆逃げ散り候由、三町役人夜明け迄相廻り、事なく候」
 未遂に終わったが、院内銀山への米の搬出を阻止しようとする矢島町民の打ち壊し計画であった。
 秋田藩では、鉱山従事者への支給を最優先し、高値の米を買い集めて輸送した。コメ不足の矢島領からも、高値で買い上げられた米が銀山町に運ばれた。
 「院内銀山に行けば、食糧にありつける」。飢えた人々の群れが、院内銀山目指して押し掛けたにちがいない。もちろん、彼らが受け入れられるはずがない。十分一御番所、あるいは表御番所の周囲には、ようやくたどり着いて、ここで息絶えた人々の屍が累々と重なっていたのではなかろうか。
 門屋養安の日記は、天保六年六月九日から始まっているが、この年八月の日記に、この石塔建立に関する記述はない。


それでは、ごきげんよう、さようなら
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世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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