湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を行く 西三番共葬墓地編 《山中友子墓》

2015-07-03

先回から、始めた《山中友子墓》ですが、先回も書きましたが、
とりあえず、この《山中友子墓》をもって、一度 西三番共葬墓地編を
閉じさせていただきます。
この墓については、鉱山を勉強する上において、とても重要な事柄なので、
詳しくご案内いたします。


山中友子  (参照 院内銀山記より  渡部和男著)

互助会組織のこと。 江戸期、地底数百尺の暗黒の中で働く坑夫たちは、流れ者が多く鉱山には身より、血縁者が少なかったろうが、そのような生活環境の中でも、何らかの形で互助的な仕組みを考えた。
江戸期には坑夫には『渡り坑夫』と『自坑夫』があり、自坑夫は家庭を持って一か所の鉱山に居住していた。渡り坑夫は、『金掘師の儀女これ無き者にすべし』とある。独身を原則として全国の鉱山を渡り歩いた。これは熟練した技術を持った金掘が一箇所に留まっていては、新しく発見された鉱山や増産が要請される旧鉱山の稼行に支障があるためである。
「妻子を携ふる事は皆鉱夫の恥ずる処なり。然りと雖も妻子無きものは老いてその寄るべき門なく病んでその寄るべく処なし。ここにおいて槌親と言えるを敬して業を導かれ、弟子分というを憑んで老衰を助けられ疾病の身のよるべとす。他人を以て子として妻子を持たざる事御条目を守りてなり」
『坑夫間には、鎚親制とも称しうる擬制的親子関係が取り結ばれてあり、その機能は坑夫の非妻帯を前提に、技術伝授と社会教育、及び老後や疾病時の相互扶助にあった。近世後期の一定規模の鉱山では、坑夫の妻帯と定住化が一般化したが、単身の渡り坑夫も存在し、鉱山における人的再生産に一定の役割を果たした。かかる渡り坑夫は、主として鉱山外か放出された労働力であった。ただし、渡り坑夫の全てが鎚親制に組み込まれたものでなく、鎚親を持つ者は渡り金掘りと称し、そうでない者は村方ものと呼び、両者では序列があった。渡り金掘りは村方等から流出した労働者であり、鎚親制の親子関係に入って初めて金掘りの成員たる資格を容認される慣行があった。しかし、金掘りの認定受けたのではなく、渡り金掘りと称されたのである。』


まず、ここまでにいたします。
このように【坑夫】は、独身が基本で自由に各地の鉱山を渡り歩き、鉱山発展や技術の伝搬に大いに寄与しました。


秋田石太郎2
この写真は、共葬墓地の中に、数多くある《山中友子墓》のひとつです。
ご案内いたします。
お墓の正面の写真ですが、戒名ではなく、名前が書かれています。
しかも、お母さんの名前も書かれています。

秋田石太郎1
秋田石太郎5
左面には、子分秋田出生 弟○ 同出生 未○ 建立と書かれています。
左面を見て、依母とか、子分とか、○○出生(ここでは秋田出生)と書かれていれば、おそらく《山中友子墓》と思ってよいと思います
墓を見るときは、必ず手を合わせてから調べてください。
次回は、【山中友子】制度の、親分、子分についてご案内いたします。
それでは、ごきげんよう、さようなら
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Author:湯沢市ジオパーク推進協議会事務局
世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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