湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を行く 西三番共葬墓地編 山中友子墓

2015-07-28

今回は、今まで続けて案内してきた『山中友子』についてのシリーズ3をご案内いたします。
今まで同様、茶谷十六著  院内銀山の日々 『門屋養安日記』の世界から、ご案内いたします。

 
 友子3
自覚を育み結束培う


養安が日記に書き留めた三度の金掘騒動の記録は、院内銀山に生きた当時の金掘大工や掘子たち、さらに水替え人夫まで含めた鉱山労働者としての強い自覚と誇りを持ち、固い結束を持っていたことをうかがわせるに十分だ。
彼らの自覚を育み、結束を培ったのが友子制度であった。
友子制度の下で、親分から子分へ、兄貴分から弟分への技術の伝授、取り立て式をはじめとする日常生活の中での付き合いを通して、金掘たちは強い絆で結ばれていた。労働と生活の中で相互に助け合っただけでなく、老いた仲間をいたわり、痛み病んだ仲間を助け、見知らぬ仲間とさえも助け合ったのである。
弘化二年(1845)の騒動で、職場を放棄して集結した金掘たちが、その要求の中で「諸突合並に末々引立ち候様」、つまり諸々の付き合いと末長い就業が可能なようにと述べていることは、意味が深い。

金掘たちにとって、日常の付き合い、すなわち交際は、生活の中での不可欠な部分だった。飲食を共にし、語り合い、時には太鼓を打ち鳴らして踊りに興ずることもあっただろう。こうした交流と親睦が、体をはって命がけで働く彼らにとっては何よりの慰安であり、それが仲間の結びつきを育てる最も豊かな土壌であったのであろう。
近代以後の鉱山で、飯場ごとに置かれた友子の事務所が、交際所と呼ばれていることは、このことの率直な反映と言ってよいだろう。
ヨーロッパでは、中世のギルドの系譜につながる同職組合の共済活動が、近代以後の社会保険や社会保障制度の源流になったと言われている。
江戸時代の鉱山で生み出された日本の友子制度も、近代以後の共済制度の源流であった。
そして何よりも、友子の結束を基盤として展開された金掘騒動・金掘一揆は、近代以後の鉱山労働者たちの闘いの淵源であった。というだけでなく、それは日本の労働運動全体の源泉であったと言っても過言ではあるまい。


とりあえず、ここまでにいたします。
最後に、今回も、『山中友子墓』をご案内いたします。
釋良忠1


釋良忠2

釋良忠3

それでは、ごきげんよう さようなら。
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世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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