湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を行く 御幸坑編

2016-01-29

さて今回の御幸坑の案内は、
いよいよ、明治天皇の東北巡幸の
院内銀山に来られた時の様子を何回かに分けて
ご案内いたします。

まず、一回目は
会誌《院内銀山》に寄稿された院内の蒲田太一さんのものをご案内いたします。」

会誌発行二十周年特集号
   院内銀山(第二十一号)   院内銀山史跡保存顕彰会
 (「会誌」十一号より)
   
明治天皇と院内銀山             
       元明治神宮教学部長 現愛宕神社宮司  鎌田 太一 

院内銀山の長い歴史の中で特筆すべき一つは、明治十四年九月二十一日に明治天皇が東北、北海道御巡幸の砌(みぎ)り御臨幸遊ばされた事であろう。
 その記録は、明治天皇御一代の事蹟を編修された宮内庁の正式記録「明治天皇紀」に残されている。「明治天皇紀」は宮内庁の保管する処であるが、昭和43年明治百年を迎えるに当って記念事業の一つとして吉川弘文館を通じて一般に公刊された。
 院内銀山の部分はその御紀全十三冊の内第五に収録されているので、その部分をわかりやすく書くと次の様になる。
 九月二十一日の朝、湯沢の御宿舎(雄勝郡役所)を御出発になり、相川村に御少憩の上、午前九時四十分に下院内の行在所(斎藤貞治宅)に入りたまふ、とある。御駕籠に召されて午前九時四十分にお着きなったとすれば相当お早い時間に湯沢の行在所を御出発になった事であらうから仲々な強行軍と拝察される。
偖(さて)、斎藤家でお休みになった後、正午に御出発になって「院内銀山町工部省所管院内銀山分局に幸す」と書かれている。
吉井友実工部大輔(大臣)の前導によって新築の器械製作所、鍛冶場、鋳物場、洗礦所、その他の施設を御覧になってから、何カ所かの坑内の状況等について色々とお話を聞かれ、続いて「慶長年間村山宗兵エ創開」の次第を申しあげた、とある。次に今の御幸坑、当時の五番坑口に臨御され実際に働く人々の「坑口出入りの坑夫、並びに捨石負担の婦女子の情況等を天覧」なさったと書かれてあり、其の他についてもつぶさに御視察、御説明を受けられ「酒肴料を石勤吏員に賜(シ)いて発御」とあって、職員の人々に金一封が下賜されたことが記されてある。
終わって行在所にお帰りになったが、「是の夜冷寒殊に甚し、衆衣を襲ね炉を囲む」とあって、それ以降十月十一日宮城御還幸迄一度も、寒さについて触れた記事がないので、当夜は相当な寒さだった事と拝察される。
翌二十二日には維新前後王事に勤労された久米直樹に天顔奉拝を賜(シ)いてより下院内村を発し杉峠を越えて山形県に入られ、福島、栃木、埼玉と通られて十月十一日無事赤城假皇居に還幸された訳である。
御出発は七月三十日であるから延々七十四間であるから大変な御日程である。
明治天皇はこの御巡幸を始め、明治五年から十八年迄前後六回の亘り、南は九州から北海道迄各地をくまなく旅された。
此の御巡幸は今の陛下(昭和天皇)の戦後の行幸を思わすものであるが、明治の始め、国民の大半は御存知なく雲の上にあった皇室を庶民の生活の中に融けこまし皇室と国民とをしっくり結ぶ役目を果たしたことも似ている事と思われる。


今回は、これで終了いたします。
ごきげんよう、さようなら。


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世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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