湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を行く、御幸坑編

2016-03-04

今回は、御幸坑関連で、院内銀山跡が文部省指定の史跡になったことのご案内をいたします。
昭和の初めころから、戦後間もない頃まで、院内銀山跡の御幸坑や御膳水、大切口御野立所、工務省院内分局の4か所が指定史跡になっていました。そのことについて、ご案内いたします。


御幸坑・大切口御野立所・鉱山分局跡・御膳水 
          昭和8年11月2日 一時国の指定史跡となる

《明治天皇御臨幸遺蹟史跡として指定される。》
              院内銀山史跡保存顕彰会 「会誌」院内銀山より


明治天皇院内銀山臨幸遺蹟として、大切口御野立所、鉱山分局跡、御膳水、御幸坑の四カ所が、昭和八年十一月二日文部大臣指定の史跡となりました。

『大切口御野立所』、大切口は、坑内の水抜きのため、四年間の歳月をかけて宝永四年(1707)に完成した水抜口で、五番坑まで千六百四十四メートルもあって、水が抜きあがってからは、馬を使って鉱石を運ぶ通路になりました。その後、工務省の管轄となっていた明治十二年には、ドイツ人技師の指導で、トロッコによる鉱石の運搬道となりました。明治天皇御臨幸の折は。ここを御野立として、坑夫たちの働く様子をつぶさにご覧になられました。

『鉱山分局跡』、ここは、佐竹藩時代に銀の収納と山役人の詰所として建てられた銀山一の大きな建物で、明治政府に経営が移ってからは「工務省院内分局」事務所として使用され、明治天皇御臨幸の時は、小憩所となりました。

『御膳水』、ここは、陛下が鉱山分局でお休みになられた折りにお茶を差し上げましたが、これに用いた清水を汲み取った所で、今でも澄み切った水が湧き出ています。

『御幸坑』、五番坑といって、山市竪坑への通路として、坑内で働く人たちの出入口として用いられていました。明治天皇が御臨幸の折には、この坑口にお入りになり、この日(九月二十一日)が国の“鉱山記念日”となりました。


このように、昭和8年に国の指定史跡になりましたが、
昭和25年に文化財保護法が改められた時、院内銀山跡等一旦指定が解除されました。
が、その時に、再度国に対し申請手続きをしていれば、今頃は国の指定史跡となっていたはずです。
残念なことに、当時史跡として管理していた部署が申請手続きをせず、指定解除のまま、国の文化財としては登録になりませんでした。
本当に残念なことです。
このことを知った時は、ミラーマン自身悔しくて仕方ありませんでした。
今回は、これで終了いたします。


IMG_1461.jpg

御幸坑です。今とはかなり様子が違っています。
IMG_1462.jpg
御膳水です。ここなどは当時と現在では全く変わってしまいました。後日詳しくご案内いたします。
IMG_1463.jpg
大切口御野立所  ここには現在は行けなくなってしまいました。(無理すれば行けますが)
分局跡碑
御台所のとき説明しましたが、今は影も形もありません。

それでは、ごきげんようさようなら。
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世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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