湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を行く 薬師山編

2016-04-26

今回は薬師山2回目のご案内です。
院内銀山記に書かれている物語をご案内いたします。

薬師山由来  『院内銀山記』 (院内銀山歴史散歩  渡部和男著より)
慶長十三年十一月中頃のことになるに、年の頃三十にまだならぬ容顔美麗なる尼一人、雪踏み分けてたどたどとこの銀山に来たりてある所へ宿を借りて五三日暮らしける。縫い物の上手にて草木生類は申すに及ばず、何物にてもできぬことなかりければ、山中の男女思い思いの紋所沙綾(さや)羽二重の縫物昼夜暇なく頼みければ、自ら帰るべき日限も月を経て翌年の春までいたりしが、金銀にも不足なく暮らしける。
あるつれづれのことになるに、手代重左衛門という者来たりて尼の話など聞きていたりしたが、余り姿も美しければうち眺め、若き人の墨の衣に染め返しは定めて深き訳のあるやらん。他所ながらにも問うてみばやと思いしかしかと傍らに寄りて、尼御の御生国は何方なりと問いければ、わらわは三州岡崎の生まれにて御座候。さは若き御身にて尼になりぬることはいかなる子細あってのことにて候やと尋ねける。
世に子細とては候わず。幼年にて父母に先立たれ、所縁の者の情にて十六才の春まで養育せられてつくづく思い迫り、さすれば父母のため我が身のため、一生は夢なりと思い定めて尼になりて候。諸国を廻り仏社を拝み奉りたしと思い立ち、暇を出されそれより高野山へ登りて終にここへ参り候と語りければ、重左衛門つくづく聞きて、されさてありがたき御心掛けかな。しかしそれも仏縁とは申しながら、未だ三十にもなり給わず、仏行に心苦しめ一生の栄華をもおぼし給わざること返す返すも惜しかりしことどもなり。一命は何時とは知れずと申しながら、また行年に至るは前世の約束、老いて栄華を楽しむも多ければ、余り無残なりと言いければ、御尤もなる御すすめ世に頼もしく御座候。ある人の歌に、憂きことの品こそ変われ世の中に心安くて住む人なし。また妙立和尚の歌に、暮れて行く年にはせめて驚けと今幾度か人に語らん。また、何ゆえにかかる浮世に生まれぬと思えばつらし花も紅葉も。かかる教歌の御座候えども何事も浮世は夢にてこそと存じ候。
その上ならず自らは、母の末期に至りてゆずられたる御仏を常に肌を離さず持ち候。今まで憂きことも見ず堅固にて致すも皆この御仏の方便なり。御目にかけんと言いて懐中より取り出し見せければ、重左衛門押しいただきて聞き見れば即ち薬師瑠璃光如来にてありけり。いかなる御仏にてやありなん。見奉るも初めてなり。これに付き近ごろ申し難きことながら、御身は女性のことなれば、廻国の宿にて自然いたずら者に見付けられ、この御仏を失い給うも知れざれば、賤しき者の手に渡り永き方便もあるべからざれば、とかくここへ奉り御身一生この御仏の方便にて当所のお住居あれかしと言いければ、限りもなきお情に候。廻国を致すも尼の身なれば行く末とても覚束なし。何とさように候か。御身様のお情にて御堂なりと建立致し、自らも御当所に住居をも致し候よう願い奉ると言いければ、御聞き届けの上はいかでおろそかに存じ申すまじと、段々諸役人に右のあらましつぶさに話山中へ沙汰しければ、何より以て然るべきことなりとて何れも加勢をして、幸い上なる山は当所にての高山なればここに増したる所なしとて、我先にと御堂を建立してかの御仏を移し奉り、毎年四月八日を御縁日と定め老若男女歩みを運び信心日に盛なり。尼即ち山の辺りに草庵を結びて世を安楽に暮らしける。
数寄の道とは言いながら、花の姿を墨に染め一生埋もれ木となり朽ち果つる心の内ぞいたはしき。星霜既に移れども今の世までも末長く薬師山とぞ唱えけり。
渡部和男氏著 写真集より
薬師山1
薬師堂
薬師山山頂の石の祠

これで薬師山のご案内は終わります。
ごきげんよう、さようなら。

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Author:湯沢市ジオパーク推進協議会事務局
世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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