湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
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ミラーマン 院内銀山を行く  大仙山編

2016-05-20

今回は、先回の案内で最後に紹介した大仙山について、詳しくご案内いたします。
大仙山は今から2000万年前から1500万年前の火山活動により造られた山です。
院内カルデラの外輪山に当たります。

 《大仙山》
大仙山
この写真は、不動滝の上流から大仙山を写したものです。
大仙山1
この写真は、大仙山を中心にして、右側に東安山があります。
院内石採石場跡から写したものです。

大仙山・甑山  会誌「院内銀山」第35号 渡部 和男より

大仙山(920m)を主峰、東安山(893m)を次峰とする大仙連峰は、稜線が由利本荘市笹子と院内の境界で、銀山は大仙山に掘られ、中腹から山麓にかけて坑道跡が散見される。
 名称は、銀山発見間もなく各地から訪れた者のうちの、「院内銀山記」(巻一。発見期1636年の作成)「紀州根来の修験(山伏)大仙坊・東庵坊」に由来する。修験は山野を跋渉(ばっしょう)するため鉱山を発見する事があり、院内銀山も修験によって発見されたとの説もある。この二人の
修験は有力な山師と見えて、「院内銀山記」には「大仙山・東安山」の名が出現する。あるいは、村山宗兵衛以前に銀山を発見したのではないかとも考えられる。
 大仙山は地図には登山道が載っていないが、林業会社の作業道があり、頂上からの眺望は広く、鳥海山・月山・甑山・加無山・横手盆地が見られる。
 銀山跡奥の不動滝から、約500m程上流の大仙坑跡で沢は二股に分かれ、左が大仙大沢、右は中の沢でともに大仙山に達するが沢道は非常に険しい。
 明治26年(1893)出版の「小学秋田県地理書」に、「御物川ハ東安山ヨリ発シ」とあるが、建設省のパンフレットには大仙山が源流とあり、中の沢上流には「雄物川源流」碑が建てられた。「大仙雪白くなり申し候」(「門屋養安日記」)のように、大仙山は院内に冬の到来を一番早く告げ、また雪崩は春の訪れを知らせる山である。松ノ木峠(670m)は、由利本荘市と院内の境界で、江戸期には由利矢島を経て、魚介類が大量に運ばれたことが、「門屋養安日記」からわかる。トンネルが出来たため峠へは通行禁止となった。
 「養安日記」に、銀山役人が松の木峠から・大仙山を越えて、大仙山の麓にある南沢まで行っているが、三月の堅雪渡りである。夏季は樹木が密集して通行はできない。
 「東海林本・院内銀山記」(渡部著『院内銀山歴史散歩』所収)に大仙山物語がある。
 越後の村升源蔵という者が、院内銀山を訪れ役人となった。弥生半ばのある日、源蔵は大仙山という所に行き疲れて眠った。夢の中で二十ばかりの美女が、最上へ立ち越えよう思って山道を通りましたが、思わず道を迷ってしまったので案内を頼みますと言う。源蔵は女の先に立ち細道を行くうちに、不思議や夢が覚めた。のち、源蔵は最上へ越えようとして、大仙山に入り夢で再びこの美女にあったが、夢から覚めたら美女に姿はなく、傍らに四、五寸の女仏があった。銀山の人々は、これは正しく山神で、夢に見た女も山神であろうと言って、山神堂を建立してこの御神を奉納して堂を宝泉寺と名づけ、源蔵は別当となり87歳まで長寿を保った。
 真言宗宝泉寺は初期院内銀山11ヵ寺の一つで、山神堂(金山神社)境内にあった。
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Author:湯沢市ジオパーク推進協議会事務局
世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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