湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を行く 神社・仏閣一覧編

2016-07-25

先回は、お寺について簡単にご案内いたしました。
今回は、一つ一つのお寺について簡単なご案内と、
絵図に描かれた御寺名がのっている物については
その絵図を拡大した写真を付けて、おおよその場所をわかっていただきます。

院内銀山における神社と寺院  会誌「院内銀山」第36号 渡部和男著より


●正楽寺・・この寺については以前詳しく説明しました。<a href="http://blog-imgs-93.fc2.com/y/u/z/yuzawageopark/20160724182627e35.jpg" target="_blank">玄徳寺1
この絵図に正楽寺が描かれています。(左側の丸です)

正楽寺は銀山最後の寺で、大正期末坑道採掘中止後、昭和初期には無住となり、昭和29年(1957)閉山により解体された。
 江戸期位置は移動がある。「宝永絵図」は相ノ山、「千秋文庫」は最後の位置の対岸山麓にあり、「天保絵図」「岡絵図」は最後の位置と同じである。


●西光寺・・ここも以前詳しくご案内しました。
正楽寺
天保絵図にある西光寺です。
元禄14年(1701)大洪水後下院内絵図(「工藤家文書」)には、館山山麓に現在ある神明社辺りに西光寺があるが、銀山が衰えたので一旦移転し、文政年代ころ五番坑上手に石垣を築いて移り、「天保絵図」「岡絵図」はその場所に表示される。
 大正期末に廃寺となり、本尊阿弥陀如来像は、先に院内に下った同宗の誓願寺に預けた(県指定文化財)


●誓願寺・・現在は下院内で立派なお寺になっています。現存する銀山寺院の一つで、早く銀山から下院内に移った。移転の年代は、「銀山記」一伝本に元禄(1688~1703)とあるが、寺伝では正徳5年(1715)である。

●玄徳寺・・
玄徳寺1
正楽寺の後ろに玄徳寺が描かれています。
一度探してみたいと思いましたが、大変な場所なのであきらめています。
共葬墓地の裏側の山を越えれば、行けると思うのですが。

「宝永絵図」に表示される寺は、正楽寺・玄徳寺だけである。玄徳寺位置は正楽寺背後の山で、現在は杉林になっている。
 門屋養安が、天保11年(1840)役所に提出した切支丹調べに「玄徳寺檀家」とあるので、養安が院内に移ったとされる文政12年(1829)にはまだあったろうがまもなく廃寺となり養安は同宗西光寺檀家になっている。「天保絵図」「岡絵図」には表示がない。


今回は、この辺で終了いたします。
ごきげんよう、さようなら。


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世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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