湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を行く 院内銀山墓地図編 

2016-08-24

先回から始まりました、墓地図編です。
先回は、墓地図編に書かれていた内容をご案内いたしました。
今回から、ここの墓地について、分かる範囲で詳しくご案内していきます。
今回は今まででご案内してきた、西三番共葬墓地や正楽寺跡、西光寺跡などはなしにして
新しくご案内する墓地についてご案内いたします。
まず、最初には”立石下墓地”について、ご案内いたします。


 立石下墓地  (白銀小学校跡地上手)
墓地図
地図を見てください。 ⑥の番号と白銀小学校跡地が描かれています。この場所です。
ここには4つのお墓と1つの石碑がある。
ここに行くには、十分一番所跡地から約500m位奥に入った場所。
西三番共葬墓地手前の白銀小学校跡地の上手にある。

立石下墓地2
院内銀山入口の十分一番所跡から車で奥に入っていくと、
左側に車が4、5台入れる空き地が出てきます。そこに車を止めてください。

立石下墓地1
山側を見ると写真にあるように入口がわかります。
ここを入るとすぐに階段が出てきます。

立石下墓地4
この階段を登ってください。少し登ると平らな場所に出ます。
立石下墓地6
お墓があらわれます。
ここのお墓は高橋家の関係者の方がいつもきれいに管理していますので、
他のお墓と違ってきちんとしています。

ここにあるお墓は、院内銀山に深い関わりのある人達のものです。
IMG_1901.jpg
まず、ここの三基の墓は、左側二基が高橋家のもので、
一番右側が山本家の墓になります。
左から、高橋吉兵衛、高橋直作(支配人で和歌墓・・以前俳句の中でご案内した)
右側の大きな墓は、山本智充(大蔵屬)の御墓です。
そして、少し離れた所に、一つ淋しくポツンと立っているのが、
今回、詳しくご案内します『牧相信の息子』の墓です。

牧相信の子1
正面の八郎之墓

牧相信の子2
向かって左側面 苔むして良く読み取れません。

牧相信の子3
向かって右側、こちらの面は、苔を落としているので何とか読み取れます。

会誌 院内銀山 第25号に書かれている内容をご案内いたします。
明治新政府によって管理された院内銀山の立役者の一人である牧相信の息子の墓です。
 『立石下墓地に、支配人高橋直作墓と並んで《故八郎之墓》が立っているが、
右面《明治十八年十二月十二日歳五月》、
左面《熊本県肥後国飽田郡池田村牧相信長男》とあり、
学士技師として銀山近代経営に活躍した牧相信の息子の墓である。
 相信が銀山から去った年は不明であるが、彼が去った後詣でる人もなく、生後五ヵ月の乳児は一人淋しく苔むした墓の下に眠って来た。』
   ・・・院内銀山墓碑図より

もし、このブログを読まれて、院内銀山に来ることがあれば、
是非ともこの場所に来ていただき、
牧相信の息子の墓に手を合わせてください。


今回は、これで終わります。
ごきげんよう、さようなら。
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Author:湯沢市ジオパーク推進協議会事務局
世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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