湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を行く 院内銀山墓碑地図 

2016-09-11

今回は、先回の続きの残りのお墓についてご案内いたします。

墓地図
この地図の③・④・⑤について今回は⑤においてご案内いたします。

会誌 院内銀山 第25号より  
院内銀山墓碑地図(増補版)  渡部 和男著
③西三番口A
④西三番口B
⑤東三番

《東三番》  ここは銀山川の向こう岸の山の中にある。(特定できず)
IMG_2300.jpg
この写真は、現在の様子(平成8年9月5日)銀山の中の道路傍から東三番にある墓地の方を見た様子。
まったくの藪に覆われていて、銀山川も見えません。

IMG_2301.jpg
奥の薄暗い杉林の中にあると思われる。

●東三番 (院内銀山歴史散歩  渡部和男著より)
・・地名の一番・二番は十分一やや上流の銀山川対岸にあり、その上手に東三番がある。そこは江戸期から住宅・畑が在った所で、『養安日記』にも大根取り入れ記事が出、養安自身も大根畑を作っている。養安の親友重手代伊勢与十郎は東三番に住んでいたが、「与十郎殿前橋へ椎茸沢山生じ候由、右茸御振舞のよし」(天保10・3・25)で養安は詰合に御相伴して馳走になっている。橋は腐れかかっていたため茸が生えていたのであろう。
 東三番は今は昼も日が射さないほどのスギ林になったが、平成5年11月与十郎の墓を探しに一人で出かけ倒れて墓を見つけたが、おまりの大きさで一人ではとても起す事が出来ず、銘文確かめることなく帰った。
翌年6月仲間三人と訪れ、何とか戒名・俗名の面をひっくり返したら、銘文「天保十四年十月廿三日伊勢与十郎光重行年四十六卒」とあり、没年月日は『養安日記』と一致する。戒名「宝□院徳誉□寿石翁居士」、左に「大姉(戒名なし)」。彫刻・笠・大きさ等銀山随一の墓と言える。墓地は石積みの二間・三間の広さで、石階段があり、墓碑は五基あって、年代は最後は明治五年四月六日になっている。

伊勢与十郎
この写真は、写真集 院内銀山 渡部 和男著より

写真に見られるようにとても大きな墓石で今でも寝たままだそうです。
ただ、今は藪の中に入ってしまって、おそらく入っていくことは困難だと思います。


これで終了いたします。
ごきげんよう、さようなら。


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世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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