湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を行く 院内銀山墓碑地図 その他の墓地 小野地区の墓地

2016-12-19

先回は,友子制度は江戸時代どういうものだったかを、村串先生の書かれたものを紹介しましたが、
今回は、やはり友子研究を熱心にされている仙台市の吉城先生が書かれた
『院内銀山の山中友子 』日本鉱山業史研究所 主任研究員 吉城文雄
   会誌 院内銀山 第19号 旧院内銀山跡環境整備事業記念特集号より
の中に 何故、江戸時代に友子制度が生まれたのかを詳しく書かれているのでご紹介いたします。

何故採鉱部門にかかわる鉱夫(かねほり)(江戸期は金名子、掘大工、掘子、山留、寸鋪、明治以降は、採鉱夫=削岩夫、支柱夫、運搬夫等)たちが、まったくの他人でありながら、相互に親となり、子となり、また、兄となり弟となる。いわゆる擬制的な親・子・兄・弟関係を締結したのか、ということである。
 これについては次のような経験がある。それは、16世紀の初めころ、鉱石採掘の手段としてこれまでとられていた露頭掘という採掘法にかわって、坑道掘りという採掘法が行われ、これに灰吹製錬法が結合して、採鉱から製錬法までの一貫生産を行うことが広く全国に普及した結果、17世紀にかけて金・銀・銅山などの開発・経営ブームが展開した。『梅津政景日記』や『院内銀山記』にあるように、鉱夫(かねほり)を業とする人はもちろん、呉服、両替商から遊芸人にいたるまで、全国的な規模で多くの人々が移り住んだことが知られるが、基本的に鉱山は、無人の山谷に発見、開発されたので技術や労働力の確保が特に問題となった。一方では、資源の枯渇はこれを無用とした。
 この為、鉱夫を生業とする限りは、全国的規模で条件の良い鉱山から鉱山へと渡り歩く、いわゆる鉱夫の遍歴が一般化した。やがて、これに伴って、「鉱山の道」が成立した。これは、17世紀から18世紀にかけての元禄期が一つの指標と、筆者は考えている。
 鉱夫の道とは、次の三カ条からなっている。
 ① 生涯を通じて妻帯せず、独身であること。
 ② 諸国の鉱山を遍歴する事。
 ③ 技術の錬磨すること。
などである。この道を貫いた具体的な例として、
 たとえば、元禄二年(1689)、津軽利右衛門、韻(いえの)又兵衛、和田左兵衛、加近(かつか)六郎兵衛たちは、本州にあった≪154≫鉱山を、また、元禄から享保にかけて、鉱夫の浅右衛門が≪59≫鉱山を、そして享保十一年の記録では、大阪屋伝右衛門が、≪64≫鉱山を遍歴したことを挙げることができる。
 また、諸国の鉱山を遍歴するためには、食糧や旅費、宿泊の確得と通行の自由が保障されていなければならないことが、これについても、諸鉱山の経営の側は、生きた技術であり、労働力でもある鉱夫たちを確保するために、一宿一飯を供与し、通行についても、江戸前期は、鉱夫の服装をしておれば、中期は遍歴した鉱山名を記録した巡暦記を所持していること、後期には見石といって関所に備え付けている鉱石の名称を鑑別すれば、通関の自由が保障されていた。
 ところが、この鉱夫のみちを貫く過程や結果として、大きな矛盾と対決せざるを得ない事態に直面した。『傷・病・死』である。
 特に坑道採掘鉱の展開の結果、採鉱の過程で坑道内に飛散・充満する「粉塵」の吸引によって「肺臓」にそれが突き刺さり、究極的には「肺臓」が破壊される鉱山特有の職業病「よろけ=珪肺」に罹患し、苦悶のうちに死んでいく事などへの対応をどうするのかであった。
 これについての史料的には、坑道採掘鉱が普及してから百年後の17世紀初頭の元和期、佐渡金山の割間歩での事実確認が最初である。当時は「けたへ=気絶え」、山形の延沢銀山や院内銀山では「燃病(ねんびょう)」、18世紀の石見・別子の銀・銅山では「蠏怠(けだい)」、「けだへ」などとよばれ、原因は当初、坑道内に空気が還流しなくなる酸欠や燈火の煙を吸う煙しょうなどと捉えられたが、この世紀の後半から19世紀の初頭にかけて、医学会や大葛金山などから、「石末、石粉を吸引する事によって、病者となり、結果として死亡していくのだということが明確にされるに至った。全国的に諸鉱山の関係史料を分析した限りでは、友子の締約というものは、鉱夫の道を貫く過程やその結果に対応したものであると限定してよい。

院内銀山 西三番共葬墓地にある ”友子墓”の紹介
工藤多助1
 写真は正面 
故 工藤多助之墓
  工藤理倫之墓
工藤多助2
 写真は左面
   行年 21歳?
明治5年3月21日
  工藤宇之助 建立?
工藤多助3
  写真右面
 子分 加賀屋釜也?
明治21年
 行年 ?

今回は、ここまでで終了いたします。
ごきげんよう、さようなら。

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Author:湯沢市ジオパーク推進協議会事務局
世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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