湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を行く 院内銀山墓碑地図 その他の墓地 小野地区の墓地

2017-01-03

先回に引き続き、友子についてご案内いたします。
先回は、院内銀山にあるお墓から明治時代の友子について紹介しました。
今回は、明治時代の友子制度の様子が分かる文献があります。
それをご案内いたします。
これは、院内銀山で友子関係を結んだ者が、幾つか度り歩き、尾去沢の鉱山に来て働きたいと
申し出た時、尾去沢の鉱山から院内銀山に身分照会の手紙が来たことが書かれています。
この文章を紹介します。

院内銀山の山中友子     
日本鉱山業史研究所  主任研究員    吉城文雄
会誌 院内銀山 第19号 旧院内銀山跡環境整備事業記念特集号より

 尾去沢鉱山田郡(たこおり)山中友子から、院内銀山で友子を締約したと称する西鳥羽忠五郎が、これまで山本郡椿鉱山で働いていたが、今後は尾去沢鉱山で交際したいと申出てきたことに対して、院内銀山渡り坑夫一同宛に、その事実の有無を照会した回状と、これに対応した院内銀山渡り友子一同を代理して、廣川鶴松から、渡友子印を捺印した回章が山中記録簿にある。この肝心な部分を以下に抄録する。明治四十三年一月中のことである。
「(前略)、今會椿鉱山より西鳥羽忠五郎ナル者、拙山ニ参リ交際致たき旨出願に相成候ニ附、早速相調ヘ候処、本人事、御貴山ニ於テ出生致したる事相分リ候得供、親分何人ナルヤ、又依母兄(いぼせな)何人ナルヤ不明ニ御座候ヘハ、交際之点如何がナル者カ、此毎御伺い申上候、甚だ御手教恐縮之至リニ存じ候へ共、右本人を交際條許可致シ宣敷ぎ者か否や、当面着子第一報相成度、此毎偏ニ御伺ひ申上候也。
 明治四十参年一月十五日
  秋田県雄勝郡院内銀山町      鹿角郡尾去沢田郡  印
  渡り坑夫御一同様
 この照会に対して、院内銀山渡り友子一同を代理して廣川鶴松から回章が出されている。
 「(前略)、去ル拾五日出シ書面正ニ拝徳仕候処、西鳥羽忠五郎の出生可否御尋ネニ成候、即時取調ヘ御報知申上候、本人忠五郎ハ当山ニ於テ正ニ出生有之者ニ之有候、依母兄(いぼせな)ハ仙台産金田三内、親分秋田出生住人佐々木留吉ナル者ニ候、尚ホ本人ハ年少之者ニ之有候ヘハ、萬事不行届之者ナレハ、当山友子一同に思召萬事御交際引立下被度上願奉候、先ズハ忠五郎ノ友子ナル事を証明仕候。
明治四十参年一月廿七日
              院内銀山渡り友子一同 印
              代理 廣 川 鶴 松
  尾去沢鉱山
   田郡渡り友子御一同
   代理人  人見喜代治  様
  ***この文章のやり取りについては、原文のまま記載
 以上の事から、この時期には院内銀山おいても、友子の取立、出生などが既に何度か行われていること、(二点目で詳述)そして、これらについて他鉱山からの照会に対応可能な組織的運営がなされていたことが推察できること。さらに、友子と一口に言っても、忠五郎の依母兄となった金田三内は、仙台産とあるように遍歴=渡り鉱夫の係譜に連なるのに対して、親分となった佐々木留吉は、秋田住人とある事からして、渡りの経験のない、地元民にして鉱夫の世界に入った人で有ることが分る。

このような内容から、院内銀山でも友子の組織がきちんとしていたことが分かります。

それでは、院内銀山の共葬墓地にある友子墓を今回も紹介します。
釋蓮心1
正面には
法妙 釋 蓮心 地位
釋蓮心2
右面には
明治18年5月29日 率
釋蓮心3
右面を拡大すると
 高橋 嘉太郎
釋蓮心4
左面には
子分 最上 忠吉
    秋田 源治
    同  専太
釋蓮心5
釋蓮心6
この面では、上の名前の下に更に子分の名前があります。
秋田 春?
同  文治
最上 岩治

それではこれで終了します。
ごきげんよう、さようなら
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世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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