湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を行く 明治以降の院内銀山(古河時代)

2017-04-14

先回までは、院内銀山の明治期以降(古河時代)の十分一番所跡(異人館跡)の移り変わりの様子を当時住んでいた人の記述をもとにご案内いたしましたが、
今回は十分一橋より少し下流にくだった所にあった橋の様子や、そこから本の少し離れた場所にあった古河鉱業の事務所や林業部のことについて少しご案内いたします。


まずは明治期の初めころに書かれた絵図からご案内いたします。(十分一の時に何度か紹介していますが)<a href="http://blog-imgs-121.fc2.com/y/u/z/yuzawageopark/20170412060224623.jpg" target="_blank">十分一 (2)
この写真には二つの橋の様子が書かれていますが、左側は先回までご案内してきた【十分一橋】ですが、
その右側に描かれているのが今回ご案内します橋です。
現在は橋は架かってなくて橋げたのみが当時を偲ばせるものとなっています。
道路からは少し奥に入ったところにあるので、ほとんどの人は見たことが無いと思います。

IMG_1754.jpg
この図は昭和初期のものですが、丁度院内から鳥海町の方へ向かう感じで見て頂くとよくわかります
国道108号線が書かれていて、その左側を見ると点線が書かれていて、橋が書かれています。昭和の十分一橋1
この写真は、昭和29年に写されたものです。長倉(湯沢側)の方から、笹子(鳥海町)方面を写しています。
この橋は、十分一橋でなく、その手前の橋です。奥の方には、何軒もの家が写っています。
橋の真ん中に石づくりの橋げたが写っています。
橋は現在は在りません。その面影の石の橋げただけが残っています。
十分一橋下流の橋げた跡
院内石で造られた橋げたです。この写真の奥にある道路跡までが川幅となっています
橋げた跡3
この写真は、冬の橋げたの様子。上の橋げたと同じもの。橋げた跡右側
この写真は、右側の橋げたになります。

今回はこれで終了します。
ごきげんようさようなら。
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世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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