湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を行く 明治以降の院内銀山(古河時代)

2017-05-14

先回に引き続き、大切坑についてのご案内になります。
今回は、明治期以降について記述します。

まず、一番大きな出来事であった明治天皇が院内銀山に巡幸された時のことからご案内いたします。
明治14年9月21日 院内銀山に来られて五番坑(御幸坑)や鉱山分局を訪れたと同時に大切坑も御見学されました。
その時の様子を少しご案内いたします。

院内銀山史跡保存顕彰会発行の「会誌」院内銀山に記述があるのでそれを紹介いたします。
 御幸坑・大切口御野立所・鉱山分局跡・御膳水 一時国の指定史跡となる。
 《明治天皇御臨幸遺蹟史跡として指定される》

明治天皇院内銀山臨幸遺蹟として、大切口御野立所、鉱山分局跡、御膳水、御幸坑の四カ所が、昭和八年十一月二日文部大臣指定の史跡となりました。
『大切口御野立所』、大切口は、坑内の水抜きのため、四年間の歳月をかけて宝永四年(1707)に完成した水抜口で、五番坑まで千六百四十四メートルもあって、水が抜きあがってからは、馬を使って鉱石を運ぶ通路になりました。その後、工務省の管轄となっていた明治十二年には、ドイツ人技師の指導で、トロッコによる鉱石の運搬道となりました。明治天皇御臨幸の折は。ここを御野立として、坑夫たちの働く様子をつぶさにご覧になられました。
『鉱山分局跡』、ここは、佐竹藩時代に銀の収納と山役人の詰所として建てられた銀山一の大きな建物で、明治政府に経営が移ってからは「工務省院内分局」事務所として使用され、明治天皇御臨幸の時は、小憩所となりました。
『御膳水』、ここは、陛下が鉱山分局でお休みになられた折りにお茶を差し上げましたが、これに用いた清水を汲み取った所で、今でも澄み切った水が湧き出ています。
『御幸坑』、五番坑といって、山市竪坑への通路として、坑内で働く人たちの出入口として用いられていました。明治天皇が御臨幸の折には、この坑口にお入りになり、この日(九月二十一日)が国の“鉱山記念日”となりました。

このように明治天皇が御臨幸されたことを記念して、昭和8年には国の指定史跡になりましたが、戦後の文化財保護法の改正に伴い、国の指定が消失しました。そのため昭和48年には、院内銀山跡が県の指定史跡になり、メインは御幸坑・金山神社・早房坑です。
その後、雄勝町の史跡に昭和59年指定された中に大切疎水道と御野立跡を含む数か所が指定されました。
現在は、湯沢市の指定史跡になっています。

大切坑への橋
整備された時の様子。
大切口
IMG_0797.jpg
現在の様子

今回はここまでにいたします。
ごきげんよう、さようなら



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世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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