湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を行く 明治以降の院内銀山(古河時代)

2017-05-20

先回は、明治天皇が立ち寄られた御野縦立場についてご案内いたしました。
今回は、大切坑がトロッコ道に変ったことについて、紹介いたします。

まず、大切坑付近の明治時代に書かれた絵図を紹介します。
IMG_1853.jpg
この絵図に描かれているのが、大切坑から選鉱場にかけてのものです。
まず、赤丸の中の黄色き点のところが大切坑口です。ここが、明治から昭和にかけてトロッコが出入りして鉱石を運んでいました。
さらにそれを拡大しますと
大切坑絵図2
大切坑から出たところに建物があり、その先に銀山川に二本の橋が架けられています。その二本の橋の上側の橋からさらに右側に向かって茶色であがかれた線(トロッコ道)が黄色に塗られた大きな建物図まで伸びていますが、これが選鉱場です。
この点に関しては後日詳しくご案内いたします。
そして、もうひとつの橋は、川沿いの道へと繋がっています。

次に紹介する写真は、明治時代に写されたもので、
大切疎水道と金鉱石を運ぶ鉱石運搬車

大切疎水道と金廣石運搬道
上の絵図と比べて見ると、左側の建物は、絵図の中に四角等で書かれたものと思います。
川は銀山川で橋は、人が渡る橋と奥にトロッコが渡る橋が写っています。
この写真は、長倉方面から鳥海町の方を眺めたものです。

先回も紹介しましたが、大切口は、坑内の水抜きの為、四年間の歳月を要して宝永4年に完成した。水か抜きあがってからは、馬を使って鉱石を運ぶ通路になりました。その後、工務省の管轄となっていた明治12年には、ドイツ人技師の指導のもと、トロッコによる鉱石の運搬道となりました。明治天皇御臨幸の折りは、ここを野立所として、坑夫達の働く様子をつぶさにご覧になりました。
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