湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を行く 明治以降の院内銀山(古河時代)

2017-06-01

1先回はテンチコが登場して、一回院内銀山を行くを休みましたが、今回は再び院内銀山を行くに戻ります。

今回で大切坑についてはあと2回で終了致します。
まず、昭和の時に、大切坑について一部手を入れた記事が在りましたのでご案内します。

≪大切坑の開削≫
大切坑の坑口は、当時文部省の指定史跡となっていたため、旧坑口より40m位下部から開坑し、坑内で旧坑道に接するよう開削された。旧坑道は昔、選鉱場までの運搬と水抜き疏水道を兼ねている坑道なので、巾も1.8m以上ある巾広い坑道で相の山下部まで延長2500mの主要坑道であったが、取りあけには、旧坑内の水溜り、及び排気には気の抜けない危険な工事であった。特に旧東三番坑(旧白銀小学校の川向かい附近)は崩壊が激しく、竪坑を通して開削し、また西三番坑に竪坑を開削し、昼夜水抜きポンプを操業して旧坑内水を汲み上げ事故防止に努めた作業であったが、昭和13年6月、旧坑道の溜水が、鉱夫の稼働していない夜間に流出したので、犠牲者を出さず、幸運な開坑となった。
御幸坑は坑口から5m位入ると斜坑が螺旋式に大切地並まで約50mで通じ開坑された。
   院内銀山における昭和の残鉱堀りについて 会誌「院内銀山」第22号より
          《昭和5・6年頃から再開された残鉱堀り事業》

この写真は昭和の初めころに撮られたものです。
このように大きなトンネルの口が開いていました。トロッコで鉱石を運んでいました。
しょうわのトロッコ道
これが、現在はどのようになっているか、写真でご案内いたします。
では、まず108号線から大切坑を写した写真を見てください。
大切坑1
奥の方に辛うじて穴が開いています。その穴が大切坑口です。今はこのようになっています。
更に望遠で写してみると
大切坑2
本当に土砂で坑口が埋まってしまっています。

これを以前渡部和男氏が写した写真と比べて見ると
大切口2
この写真は、院内銀山の研究家で知られている渡部和男氏が2001年(平成13年)に発行した写真集に写っているものです。
おそらく20年近く前の様子と思います。
大きく変化しています。おそらくこのまま放置すれば10年以内に完全に坑口は埋まってしまうのではないでしょうか。
今回はここで終了いたします。
次回は川を渡って坑口の調査をしたときの写真をもとにその時の状況をご案内いたします。
ごきげんようさようなら





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