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ミラーマン 院内銀山を行く 明治以降の院内銀山(古河時代)

2017-07-19

先回まで選鉱について、インンターネットで調べたことをご案内しました。
今回は、院内銀山の選鉱場についてのご案内をいたします。

選鉱場に運ばれる鉱石が明治時代にどのように院内銀山では採掘されていたのかを
今回はご案内いたします。

会誌 《院内銀山》より

明治最盛期における院内銀山の鉱山技術
                秋田大学鉱山学部長  能登文敏

 その1  《会誌》 7号より
 廃藩置県により佐竹藩が手放した院内銀山は、一時期京都の小野組に委託されて民業となったものの日ならずして倒産、その後秋田県による仮官業を経て、明治8年官営するところとなった。当時の金で40余万円の巨額を投じ、明治12年にはドイツ人技師二人を招き、外国の鉱山技術を導入して経営の刷新を図った。しかしなぜか業績上がらず、7年後の明治15年には操業中止、翌々17年古河市兵衛に払下げとなった。それから院内銀山最後の盛業を迎えることになる。因みに、官営時の明治8年11月から15年6月までの6年半余における産出量は、金24貫351匁(もんめ)、銀2380貫142匁で、特に44年産銀量は、その前後数年で最低の204貫に過ぎなかった。その原因は新施設導入の工事が優先したためとされているが、収支が赤字であったことは他の官営鉱山においても事情は同じであった。当時の国力からすれば、外国人技師に対する報酬などもかなり過大な負担であった。しかしながら、この鉱山の官営政策は結果的には政府の卓見であった。と言うのは、外国人技師により、現場で多くの日本人技術者が育成され、これらの技術者が民営と同時に一斉に各鉱山の中心技術者として活躍したからである。外国人技師の中には、東京大学の採鉱冶金(やきん)科の教授として同学科の基礎作りに貢献した人もいる。

院内銀山の明治二十二年から同三十八年までの17年間の産銀量は、年間2000貫(7500㎏)以上で、日本第一位を示し、同二十六年から同三十二年に至る7年間は、特に年間3000貫(1万1250㎏)以上を産し同鉱山の最盛期となった。当時の文献から、院内銀山における鉱山技術を概観してみたいと思う。
鉱石の採掘は横坑が主で、坑道は下一番坑から下六番坑まであった。坑道内では幅二尺(66㎝)の階段状に上部に向かって掘り、ダイナマイトで発破をかけて鉱脈を崩し、鉱石は各坑道間に設けられた井戸孔に落として集積され、捲揚機で大切疎水道まで揚げられた。この採掘を昇り段欠き方あるいは上向き階段掘りという。捲揚機で揚げられた鉱石の容器(ケージ)が通る孔が竪坑で、院内銀山には山市大竪坑と早房大竪坑の二本があった。これは佐渡鉱山の竪坑と並んで、日本最初の竪坑とされている。山市大竪坑には、ピストン直径12インチ(36㎝)、行程16インチ(528㎝)の横型蒸気機関一対が据えられ、その動力で、直径3フィート(0.9m)、幅3.2インチの歯車(歯車比1対7)を回転させて捲揚げ網を操作した。捲揚げ網は幅3インチ、厚さ8分の3インチの綱鉄製の平綱で、その両端には半トンの鉱石が入る鉄製のケージが二段ずつ取りつけられていた。これを高さ50尺(16.5m)の鉄骨やぐらからつりおろし、やぐらの上部に取り付けた直径5尺(1.6m)の溝車を介して、毎分350尺(115.5m)の速度で捲揚げた。こうして毎回1トンずつの鉱石が、各坑道から疎水道まで揚げられ、疎水道では軌道間隔1尺7寸2分5厘の鉄軌道上を、馬に引かせて運鉱車で坑外選鉱場に運ばれた。なお、山市大竪坑の蒸気機関用のボイラーは多管返式と呼ばれ4基あり、その実馬力は各50馬力で、燃料に薪が使われた。煙突は高さ90尺〈29.7m〉、直径4尺5寸(1.5m)の鉄製であった。
疏水道は山市大竪坑の地表下315尺(104m)にあり、その延長は8300尺(2740m)あった。一番坑は疏水道の下120尺(40m)にあり、延長1030尺〈340m〉、その坑口下187尺(62m)で、延長2300尺(760m)、その坑口下100尺(33m)に六番坑があり、、延長770尺(254m)で、これが当時の最深部であった。鉱脈を求めて深く、深くと掘り進んだわけである。当時の山市大竪坑の深さは地表下1020尺(337m)で、なお掘進中であり、明治三十五年頃には1360尺(450m)まで達した。この深さは、当時の他の鉱山の大竪坑に比べて、とび抜けている。また、早房大竪坑は、地表下875尺〈289m〉で四番坑に達していた。
坑道内での運搬は、疏水道と同じ規格の鉄軌道が敷設され、半トン入りの運鉱車でもっぱら人力に依った。坑内での使役坑夫は一日平均850人と記されている。(昭和57年6月)  明治最盛期における院内銀山の鉱山技術 その1
秋田大学鉱山学部長 能登 文敏

一尺は33㎝・・0.3mで計算      一貫は3.75㎏で計算
1インチは2.54㎝なので約3㎝で計算  1フィートは30㎝・・0.3mで計算
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Author:湯沢市ジオパーク推進協議会事務局
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