湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を行く 明治以降の院内銀山(古河時代)

2017-07-25

先回は、院内銀山の採掘の様子をまず、ご案内いたしました。
今回は、その採掘された鉱石を選鉱場でどのように処理をしていったのかを見ていきますが、
その前に、まず、選鉱場がどこにあったのかを明治期に書かれた絵図で確認していきたいと思います。

全体図
明治時代になると、院内銀山の主要な工場の場所は、十分一(異人館)から長倉までとなりました。(江戸時代とは全く違いました。)
選鉱場
拡大すると、黒枠で囲んだ場所が選鉱場です。赤丸の中の黄色の丸が大切坑口でここには、トロッコ道が走っていて、院内銀山の鉱山から鉱石を運んで来て
橋を渡り、選鉱場まで運んで来ました。川のそばの茶色い線は、選鉱場を取り囲んでいた塀です。また、上の茶色い線はトロッコ道です。
坑道内での運搬は、疏水道と同じ規格の鉄軌道が敷設され、半トン入りの運鉱車でもっぱら人力に依った。坑内での使役坑夫は一日平均850人と記されている。

選鉱場と表門
この写真が明治期の選鉱場で、表門が写っています。
川がすぐそばを流れています。道は細くて今の道の半分くらいと思われます。
塀が工場を取り囲んで立てられていました。
川と山に囲まれた狭い部分に工場がありました。

それでは現在の様子はどうなっているのか
水路橋1がある付近
この写真は現在の選鉱場があった場所の様子。
長倉方面から院内銀山に向かっていく途中で、右の杉林になっている所から始まります。

選鉱場右
更に進んで大切坑口手前の様子。右の林の中が選鉱場跡
ima選鉱場
これは逆に院内銀山から長倉方面に向かう方向。左側に選鉱場がありました。

今回はこれで終了いたします。
ごきげんようさようなら
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