湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を行く 明治以降の院内銀山(古河時代)  精錬所について

2017-11-03

先回まで、精錬に関する内容をご案内してきましたが、
今回は、精錬をする際、廃物として出る 泥鉱 (廃棄) について、どのように処理していたかをご案内いたします。
先回案内した中に書かれていた部分・・《当時、長倉部落と銀山川との中間に貯め池を造り廃棄していた。》
この処理の仕方です。


『ドロコ上げと二円のほうび 』 (院内銀山ものがたり・・院内銀山史跡保存顕彰会行)

明治の中頃、長倉に精銀所から出るドロコ沈殿池がありました。
4^5日に一回はドロコ上げをするのですが、夏は泥まみれ、冬は足が凍るほど冷たく、皆ホトホト困っていました。
 ところが、事故で足を切り、手製の木の足をすげた『木足』というアダ名の若者が居ました。
 この若者は、この木の足の方を池に入れてドロコ上げをするので、他の者はこの木足に【もへ】しょわせて働かせ、自分たちが怠けたりしていました。
 ある時の冬、鉱山内局の山田純安という課長さんが、ここを通りかかって驚きました。この寒中に片足を泥に入れて、一生懸命ドロコあげをしているので感心して、ドロコ上げを請け負った頭を呼んであの感心な男に『褒美』をやってくれと、その時のお金で『二円』を差し出しました。 
 請負人は今更、あの男の片足は木の足だともいえず、おかしさをこらえながら頂いて帰りました。そして、人夫達みんなを呼び集めて『木足』に課長さんから『褒美』を頂いたことを披露した。
 これを聞いた仲間の者達は、驚いたり『もへ』しょった木足の運が良かったことをうらやんだりしました。『木足』は一日20銭の手間賃の10日分のお金だったので、米を買うやら味噌を買うやら、お酒を買うやらで、大騒ぎだったそうです。
 この事件の後、体の不自由な人に偏見を持つ人夫達が少なくなった。


では、ドロコ(泥鉱)あげがどのように行われていたのか、簡単な絵で表すと
IMG_2349.jpg
このような状況と思われます。

ドロコ池のあった辺りは、現在写真のように、田んぼに変っています。
IMG_3329[1]
今回は、これで終了いたします。
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世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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