湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ミラーマン 院内銀山を行く 明治以降の院内銀山(古河時代)  精錬所について

2017-11-16

今回も精錬所関連のことを、御案内致します。
明治期になって、近代化が図られ、精錬所も大きな動力が必要になりました。
明治の初めころは、まだ電気がなくて蒸気機関が主力動力でした。
蒸気機関に使われたものは、石炭ではなく薪でした。
ちなみに院内銀山で、動力に電気が使われたのは、明治33年からです。


原動力となった蒸気機関  
                   (院内銀山ものがたりより 院内銀山史跡保存顕彰会発行)
 これは、明治20年から40年頃までの院内銀山に【古河時代】、最盛期の話

鉱山精煉所の機械の原動力は、全部蒸気機関でした。
鉄道のない時代で、石炭はもちろん用いられず、燃料は全部薪を使いました。
この薪の一部は、及位から冷水沢(雄勝峠付近で院内より)まで、
そのころ珍しい鉄さくをかけ、25馬力の蒸気機関でこれを運転し、
ここから銀山までは馬車で運ばれました。
この他矢込沢(上院内地区)などの官山の払下げを受けた木材は八丁まで、
また秋ノ宮方面で伐採されたものは小白岩(馬場)まで、流送され銀山に運ばれた。
それでも燃料は足らず、
秋ノ宮・須川方面の木材商はこの薪材を請負、これを古河の役人に引渡すのが普通だった。
引渡しはルーズで、一度渡したものを、2度、3度とごまかして代金を受け取り、大いにもうけた。(当時、銀山は儲かっていたので、詳しく調べなかった) 
このように、当時は薪材を近隣の町村から集めていて、蒸気機関の燃料として銀山繁栄の原動力になっていた。


当時蒸気機関の現場の写真を見てください。
蒸気原動発電所
蒸気原動発電所の内部の様子。
当時に身なりの良い人が写っています

焙燃炉第6号
焙燃炉第6号の様子。

今回は、ここまでにいたします。
次回は、燃料の薪に対し、面白いエピソードが書かれていますので
ご案内いたします。

ごきげんよう、さようなら
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世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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