湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

北向き観音とキリシタン慰霊之碑

2012-02-03

こんにちは

今日ご紹介する美の郷ゆざわジオパーク構想ジオサイト候補地はこちらです

北向き観音像とキリシタン慰霊之碑・・・・・国道108号沿いの寺沢集落の小高い岡にあります

北向き観音1

北向き観音マリア
 祠の中に安置されている子どもを抱くマリア観音像


寛永元年(1624)6月20日、秋田市の久保田城外東三里谷内佐渡において
寺沢村在住のキリシタン信徒16名が処刑されました(慰霊之碑の裏面に氏名が刻まれています)

キリシタン慰霊碑
                   キリシタン慰霊之碑

北向き観音像は、処刑された秋田市の方を向いています

中世の鉱山は、鉱山独自の掟「山法」に「一山は一国たるべし、他の指揮に及ばず」とあるように
一種の治外法権地域でした

当時の鉱山には、来るものを拒まない寛容な風土があり、この掟を守っている限り
安全に生活できたと言われています

しかし慶長17年(1612)、徳川幕府はキリスト教を禁じ、信者の弾圧に乗り出しました

その弾圧の難を逃れるため、多くのキリスト教徒が西国から東北の地に移り住み、鉱山にも潜伏しました

初期の秋田藩は、金、銀、銅などの減産と鉱山の衰退を嫌ったこと
そして藩主義宣の側室である西の丸がキリシタンであったこと
などから、キリシタン禁教政策を厳しく行わなかったと言われています

元和3年(1617)頃から幕府のキリシタン禁教政策に対応して、一段と厳しくなり、
寛永元年(1623)には院内銀山の信徒25名、善知鳥鉱山の信徒13名が斬首、
寛永20年(1643)には白根金山で多くの信者が捕らえられ、処刑されました

隠れキリシタン
              (出展:史跡尾去沢鉱山パンフレット)

潜伏キリシタンにとって鉱山はよい隠れ場所であったのでしょう

尾去沢鉱山の古い坑道の壁面に、十字架の印が刻まれています


信仰の自由が許されないなんて、現代では考えられないことですね



本日のブログ担当は
湯沢市ジオパーク推進協議会事務局のチムニーでした




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Author:湯沢市ジオパーク推進協議会事務局
世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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