湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

~能恵姫物語~

2012-03-27

こんにちは

今日は、湯沢市に伝わる能恵姫物語を紹介します

能恵姫(のえひめ)は、岩崎城主・岩崎道高の娘で、この記事にも登場しています

それでは始まり始まり~


能恵姫が3歳になった頃、庭の松の根元に小さな白い蛇が現れるようになりました。
それ以来、姫が庭で遊んでいると、必ず現れてはじっと姫に見惚れているので、
乳母のサワは不思議に思っておりました。


そんなある日、サワが庭で姫に用を足させていると、その蛇がまた現れました。
サワはたわむれに、
「お前がその汚物を片付けてくれるならば、姫が大きくなった時お前の嫁にやろう」と言いました。


それ以後、姫が用を足す度に蛇が現れては片付けていくのでした。

姫が16歳になった年、川連城の若殿、小野寺桂之助のところへお嫁入りすることとなりました。


そのお輿入れの日のこと、姫を乗せた渡し舟が皆瀬川の栄が淵にさしかかると、
それまで晴天だった空がにわかに曇り始め、稲妻が光り、大嵐になってしまいました。
家来たちは必死で姫の乗る駕籠(かご)を守ろうとしましたが、
あっという間に舟も駕籠も見えなくなってしまいました。


両家では手を尽くして探しましたが、姫の行方はわからないままでした。

その年の冬のことです。
栄が淵に面した庭で木の枝を切っていた智学法印(サワの夫)は、
誤って手に持っていたまさかりを淵に落としてしまいました。


それを拾うために水中を潜っていき、川底に着くと、そこには大きな岩屋がありました。
その岩屋の中を見てみると、そこにはなんと能恵姫が立っており、傍らには大蛇(龍神)が眠っていたのです。


狂喜した法印は姫に走り寄り、「お殿様や皆がお待ちでございます。さあ、お城に帰りましょう」と言いました。

しかし姫はこれに頷かず、「私は過去の因縁によりこの大蛇と暮らすことになってしまいました。この淵にとどまって人々の水難を除き、国土を守らなければなりません。ですから、どうかこれを私の形見として川連の殿へ届けてください」と言って、櫛とかんざしを法印に渡しました。

法印は姫の袖をおさえ引き止めようとしましたが、気が付くと淵の岩の上に立っており、
その手には櫛とかんざしと姫の片袖だけが残されていたのでした。


泣く泣く城に戻った法印はそのことを殿様に報告し、形見の品を川連城の桂之助のもとへ届けました。
能恵姫をあわれに思った桂之助は、川連に龍泉寺というお寺を建て、
形見の品々を納めて姫の菩薩を弔いました。


能恵姫と大蛇は何年か栄が淵で暮らしていましたが、鉱山からの鉱毒が流れてくるため、
そこには住んでいられなくなってしまいました。

そこで皆瀬川を遡り、小安の不動滝に辿り着きましたが、すでに龍が住んでいたため、
さらに成瀬川に移動し仁郷の赤滝に辿り着きました。

能恵姫と大蛇はそこを永住の地とし、それを聞いた村人たちは赤滝のほとりに小さな神社を建て、
「赤滝神社」として能恵姫を祀りました。



千年公園の能恵姫像
千年公園の能恵姫像

文章が長くなってしまってすみません
このような伝説もジオパークを構成する要素の一つなんですよ

今日のブログは、湯沢市ジオパーク推進協議会事務局のトビウオがお伝えしました

プロフィール

湯沢市ジオパーク推進協議会事務局

Author:湯沢市ジオパーク推進協議会事務局
世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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