湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

菅江真澄と歩く⑮ 「かくて、生れる」 【完】

2013-05-09

 みなさま、こんにちは。
 湯沢市ジオパーク推進協議会事務局のミレーです。

 五ヵ月間にわたった本企画もこれにて最後です。また結構な分量ですが、どうかお付き合いください。

 さて、『小野のふるさと』から30年、『雪の出羽路』において、菅江真澄は小野小町伝説とどのように決着をつけたのでしょうか。
 『雪の出羽路』からは、彼が集積し研究した大量の文書の存在がうかがえます。おそらく当時の出版事情が許す限り、小野小町に関する資料を片っ端から集めては読み漁り、己の中の結論を求めたのでしょう。
 その思索と検討、悩みの過程は本文中に幾度となく登場します。


  羽陰草芥の地にさへ小野村といふありて、宮人小町が出生の所と云へる也、
  鳥の羽陰、草むらの中にさえ“小野村”があるといっていいような状態で、それぞれが口々に
  「ウチこそが小野小町出生の地である!」と言っている。


  霊淑の気必ず佳人を出すとまま語り伝えしは我藩ながらおぼつかなし。
  「霊妙な気が美人を生む」とだけ語り伝えたのでは、我が藩(秋田)ながら信憑性に欠ける。


 うーむ。


  徒然草に小町か事きはめてさだかならず。
  『徒然草』に書かれた小町に関する記述はまるではっきりしない。

  ――(以下は『徒然草』からの引用)

  おとろへたるさまは玉造といふ文に見えたり(中略)
  小町が年老いてからの様子は『玉造』という文書に書かれているが……

  小野がさかりなる事其後のことにや、猶おぼつかなし云々、といへり。
  全盛期どころか年老いてからのことなんて、ますますさっぱりわからない、などと書かれている。


 むむむ。


  諸説まちまち也。
  色々説があって言っていることも違う。

  ――

  おぼつかなし。
  よくわからない。

  ――

  玉造小町も皆姓氏なれば、小町といふ名のたまたま同じくとも玉造小町と小野小町と別人にてあるべきにや。
  玉造小町の“玉造”とは苗字であって、小町という名前がたまたま同じでも、“玉造小町”と“小野小町”は
  別人というべきではないか。


  ――

  歌なども人毎に知れる歌のみ多し、去ながら小野が事慥記文なし、如何。
  人々に知られているのは歌だけで、小野小町本人に関する確かな記述はない。どういうことだ。


 むむむむむ。
 ミレーのようなにわか物好きは黙るしかありません。
 しかし……


  さはいへ(中略)此郷にいにしへの跡なつかしきことの葉のたねを残れ、(中略)
  そうはいっても、この郷(小野)には、古くから伝わるモノ・コト、さらに言の葉の種とでもいうべき
  文化の香りが残り、


  おなじく風雅の花ならむ。
  在りし日と同じく、風雅の花となって咲いているようだ。

  面影のかはらで年もつもりけむ、色香うつりてここに死せしとて終に古墳も残り、
  面影(小町の? 小野の郷の?)は変わらずに年月は流れ、いつしか美貌も失われてこの地に死すと
  いって終の棲家たる古墳も残っており、


  九十九根の芍薬といふもありて攀折を禁ず。
  また九十九本の芍薬というものが残って、折ることは禁じられている。

  ――

  まちまちに説れど、小町は小野に生れて陸奥の玉造に盛長して、十余歳に皇都にのぼりしといふは
  いろいろと考えてみたが、小町は小野で生まれて東北の玉造(“玉”に関する巫女のような身分?)となり、
  十歳ほどで都にのぼったというのは、


  うべなるやうにおもはれたり。
  道理が通っているように思う。


  猶しれる人にとひてたづねてつばらかに記しまほしき事にこそありけめ。
  もっともっと、小町については詳しい人に尋ねてまわって、詳しく記したいものだ。


 これが菅江真澄のたどり着いた結論です。
 そして、“30年前に実際に小野を歩き、案内され、古跡を訪ね、伝説に触れ、さらに小野出身のとてつもない美人を見た”という菅江真澄の実体験こそ、当時においてすら諸説乱立の状況でなお、“小野こそ小野小町出生の地”と言わしめた最たるものではないでしょうか。

 菅江真澄はその文章の中で、他の“自称小野小町出生の地”について偽りであるとは言っていません。
 ただ、可能な限りの資料を総覧したうえでなお、小野を小野小町出生の地であると結論したのは、やはり彼自身の“体験”あってのことだとミレーは思うのです。


  紫の 藤は其世に ちりてしも 花のゆかりの 名こそ残ける


 見て、触れて、感じて……
 それは大地と人間と歴史と文化と伝説が織りなす妙なる糸を読み解いて、菅江真澄の心が動いた瞬間であったことでしょう。
 彼と同じ空気を吸い、彼女と同じ大地で暮らせて、光栄です。

 かくして、小野小町は、美の郷ゆざわは、生まれました。


 「菅江真澄と歩く」シリーズ、これにて終着です。
 本日のブログはミレーがお送りしました。


はたして小野小町は、振り向いてくれたでしょうか。komachi.jpg



「菅江真澄と歩く」シリーズ バックナンバー

①「追憶の院内銀山」
②「突撃! 山田・松岡七不思議!」
③「遥かなる稲庭うどん」
④「三関・須川の石と河」
⑤「高松に燃える紅葉」
⑥「白く轟く川原毛地獄」
⑦「小安峡大噴湯、岩を割って息吹く」
⑧「今も昔も節理は摂理」
⑨「ごきげんよう、能恵姫様」
⑩「荒寺の怪」
⑪「栗駒ゆっくりひとめぐり」
⑫「幻の湯から未踏を望む」
⑬「きよらなる伝説」
⑭「美の滴る郷」
⑮「かくて、生れる」 【完】
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Author:湯沢市ジオパーク推進協議会事務局
世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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