湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

ジオサイトの説明、製作中!

2013-06-22

 こんにちは。湯沢市ジオパーク推進協議会事務局のかわべぇです。本日は、小野のジオサイトまとめをお送りいたします。
現在、あるモノを作るためにジオサイトのリファレンスのようなものを作っています。「あるモノ」が何かは秘密です。笑

 事務局員のうちの5名でそれぞれ担当の地区を割り振り、いままで行われた調査を基に作業を行っています。
 わたしの担当は、「岩崎」「小野・横堀」「奥小安」。現在、「岩崎」を終えて「小野・横堀」の部分を作成中です! どんなものを作っているのか、少しだけご紹介したいと思います。

「磯前神社」

磯前神社

 「小町泉」または「小町姿見の池」と呼ばれる池がありました。以前は境内に寺田山薬師寺如来の社があり、疱瘡(ほうそう)を患った小町が薬師如来(やくしにょらい)に祈りながら、その池の水で顔を洗ったという伝承があります(1)。一方で、小町が都に出て行く時、また都から帰ってきた時姿見をした池であるという伝承もあります(2)。
 小町が疱瘡を患ったという伝承は、江戸時代後期の旅行家・菅江真澄が記した「雪の出羽路 雄勝郡」(文化12(1815)年)にすでに見られます。瘡(かさ)の治癒(ちゆ)を薬師如来に祈ったことは一致していますが、その験(しるし)が見られずお堂の柱に小町が恨み言を書き、その後夢のなかに薬師如来が現れ返答をするという話が記されています(3)。

(1)佐々木昭雄(編)(2011)「村社磯前神社と小町泉」.「平成22年度ジオサイト候補地 学術調査報告書」1.
(2)錦仁(2001)『浮遊する小野小町』.笠間書院,111p.
(3)菅江真澄(初出1815)「雪の出羽路 雄勝郡」.秋田叢書刊行会(1929)『秋田叢書 第3巻』.秋田叢書刊行会,p107-108.

「桐善寺」
桐善寺

 現在は曹洞宗(そうとうしゅう)の寺で、鳳凰山(ほうおうざん)桐善寺と称しています。
 前身の寺については二通りの説があります。
 ひとつは、平城の朝鮮沢という字の入口にあった桐田寺を前身とする説で、小野小町の父親・出羽郡司小野良実の菩提寺だとされています。のちに荒廃し、寛永年間(1624-1643年)に再開したと言われています(1)。また、境内にある大型の板碑は深草少将の供養等だと言われています(2)。
 もうひとつは、寺沢にあった竜泉寺を前身とする説です。もともと、北向き観音の付近にあったとされています。寛永年間(1624-1643年)、キリシタン信者が増え仏教が衰微していくのを恐れ、寺側が久保田に密告しました。その結果、寛永元年、寺沢村の村人が逮捕され斬刑に処されました。結果、寺は村人による夜襲にあい、住職だけでなく檀家総代も村を追われました。その後、小野の桐木田に移り、相田寺と称しましたが、再び焼かれて平城に移り再建されたとされています(3)。

(1)雄勝郡小学校長会『雄勝郡郷土史資料』(1975).名著出版,p130-131.
(1)雄勝町郷土史編纂委員会(1961)『雄勝町史』.雄勝町教育委員会,p135-136.
(3)雄勝町郷土史編纂委員会(1961)『雄勝町史』.雄勝町教育委員会,103p.

「芍薬塚」

 以前の小町堂の隣には、小町が植えたと伝えられている芍薬の園がありました。
 江戸時代後期の旅行家・菅江真澄は、小町が13歳のときに植えた芍薬がいま(1815年)も残っていると記しています(1)。小町伝承を比較研究した錦仁氏によれば、明治44年までは菅江真澄の見たものとほとんど変わらない形で、柴垣で囲われた芍薬が残っていました(2)。芍薬は99本から増えたり減ったりしないと言われており、この芍薬を折ると雨が降るため、折ってはならないという伝承もあります(3)。

(1)菅江真澄(初出1815)「雪の出羽路 雄勝郡」.秋田叢書刊行会(1929)『秋田叢書 第3巻』.秋田叢書刊行会,p186-187.
(2)錦仁(2001)『浮遊する小野小町』.笠間書院,p122-127.
(3)人見藤寧(初出1794)「黒甜瑣語」巻之一.人見藤寧(1896)「黒甜瑣語」巻之一.人見寛吉,p12-14.

「姥っこ石」
姥っこ石

 小町の母の墓地と言い伝えられています。小町の母・大町子は、郡司小野良実と結婚し、小町を生みました。しかし、小町が幼い頃病気で亡くなり、その後小町は乳母に育てられたという伝承があります(1)。
 菅江真澄「雪の出羽路 雄勝郡」には、姥っこ石に関して記述があり、人の墓ではないかと推測していますが、その頃から文字が削れていて詳細はわからなかったようです(2)。また、明治5年に編纂(へんさん)された「皇国地誌」の副本であるとされている「雄勝郡村記」にはも、「姥子石」の文字が見えますが、小町の母の墓であるという記述はありません(3)。

(1)佐々木昭雄(編)(2011)「姥子石」.「平成22年度ジオサイト候補地 学術調査報告書」1.
(2)菅江真澄(初出1815)「雪の出羽路 雄勝郡」.秋田叢書刊行会(1929)『秋田叢書 第3巻』.秋田叢書刊行会,191p.
(3)「雄勝郡村記」(長雄菊蔵氏所有のものを写筆したもの 湯沢市立図書館蔵)

「向野寺」
向野寺

 向野寺はもともと当別林(岩屋堂周辺の地区)にあり、寺の名前を「小野寺(こやじ)」と呼ばれていました。小野寺跡は現在の雄物川の対岸岩屋堂入口にある駐車場付近で、石碑があるのみです。(1)。本尊は千手観音で、慈覚大師が住んでいた庵の跡だと言われています。その後、小野良實が小野寺として建立したとされています(2)。その後、小野寺氏が栄えた時代に寺号を湯桶読みに唱えたとき、「おのでら」と読めるのでは問題があるとして、向野寺に改称されました(3)。
 現在、本堂に安置されている木彫りの像は小町が岩屋堂で彫ったものだとされています(1)。江戸時代の史料では、慈覚大師が小町百歳の像を作らせ、その内部に小町が書いた古書を納めたとしており(3)、現在は横手市金沢の専光寺に安置されています(4)。

(1)佐々木昭雄(編)(2011)「向野寺」.「平成22年度ジオサイト候補地 学術調査報告書」1.
(2)鈴木定行・加藤政貞(初出1700年代)「秋田六郡三十三観音巡礼記」.秋田叢書刊行会(1931)『秋田叢書 第8巻』.秋田叢書刊行会,p12-16.
(3)菅江真澄(初出1815)「雪の出羽路 雄勝郡」.秋田叢書刊行会(1929)『秋田叢書 第3巻』.秋田叢書刊行会,p191-193.
(4)錦仁(2001)『浮遊する小野小町』.笠間書院,116p.

「岩屋堂」
岩屋堂

 岩屋堂(いわやどう)は幅14m、高さ2m、奥行き2.5m、広さ20畳ほどの洞窟で、天井部の硬い岩石と洞窟を作る軟らかい岩石からなります。後者の比較的軟らかい岩石が侵食されることによって、現在のような洞窟の形になりました(1)。
 1700年代にはすでに「岩屋堂に小町が住んだ」という伝承が成立していたようで、「秋田六郡三十三観音巡礼記」(享保年間成立、寛保年間写本)のなかに、すでに岩屋堂の記述があります(2)。


参考文献
(1)佐々木昭雄(編)(2011)「小野小町の岩屋堂(洞窟)」.「平成22年度ジオサイト候補地 学術調査報告書」1.
(2)鈴木定行・加藤政貞(初出1700年代)「秋田六郡三十三観音巡礼記」.秋田叢書刊行会(1931)『秋田叢書 第8巻』.秋田叢書刊行会,p12-16.

「熊野神社」

 延暦21(802)年、小野良実が田村丸の寄進を受けて本堂の立替えをしたと伝えられています。熊野神社は東向きに、和歌宮(若宮)は西向きに立てられていました。弘仁年間(810-824年)に、京都より下された小町の文を一ツ箱に入れて、和歌堂に蔵していたと伝えられています(1)。熊野神社を本社として、和歌宮のほかに牛頭天皇をまつった黄金宮があったとされています(2)。
 しかし、文禄年間(1592-1596年)に最上義光と小野寺氏の戦火により、熊野神社と和歌堂は焼き落ち、元和年間(1615-1624年)にいまの社地に再建されました(1)。

(1)高橋与平治家の文書による.雄勝町郷土史編纂委員会(1961)『雄勝町史』.雄勝町教育委員会,123p.
(2)菅江真澄(初出1815)「雪の出羽路 雄勝郡」.秋田叢書刊行会(1929)『秋田叢書 第3巻』.秋田叢書刊行会,185p.

 小野には、さまざまな文献あるいは伝承が残されており、どれが史実なのかを判別するのは困難です。ですので、できるだけ多くの説を取り上げ、また参考にした文献や出典を記し、後からたどることのできるように作成しています。
 それにしても、こうやって書き出してみると、文章の調子など問題が多いですね……修正も含めて、なかなか骨の折れる作業ですが続きも頑張りたいと思います。

 現在、計画が進んでいる「あるモノ」に関しては、文字数の関係で参考文献等が削られてしまうと思いますが……いつか、それらのものも含めて公開できる日がくると良いなぁと思います。

 最後に。小野に関しては、小町伝承を研究した国文学者・錦仁先生の『浮遊する小野小町』が大変参考になります。小町伝承に興味のある方は、ぜひ一読されることをおすすめします。研究書ですし、非常に分厚い本なので、通読は時間がかかると思いますが……。
 時間のない方、研究書なんて無理! という方は、第Ⅲ章「秋田の伝承地」だけ読んでもいいのかなぁと思います。雄勝町(現・湯沢市小野が中心)、横手市、山本町、五城目町、秋田市の小町伝承の紹介をしているのですが、各地の小町に関する遺跡・遺物について記されているため、他の章に比べてかなり読みやすいと思います。
 以上、本日の記事は事務局のかわべぇがお送りしました!

 以下は当ブログの小野小町に関するバックナンバーです。
「小町伝承――小野小町は鹿の子どもだった?」
「小野小町」
「桐木田の館跡と井戸」
「磯前神社」
「二つ森」
「向野寺」
「桐前寺」
「岩屋堂」
「熊野神社」
「小町堂」
「芍薬塚」
「小野小町――「美」への原点回帰を目指して」
「菅江真澄が見た小野小町、そして……」
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