湯沢市ジオパーク推進協議会は、秋田県湯沢市の「世界ジオパーク」認定登録に向けて、日々奮戦中です。
ゆざわジオパークのいろいろな情報や事務局の日々の感想をつづるブログです。

秋田の酒米の歴史④

2012-05-28

こんにちはm(_ _)m

今日は、前々回に引き続き、酒米のお話をしたいと思います。

これまでの記事では、つい勢いに任せて長文になってしまっていましたが、
今回からは要点をまとめて、読みやすい分量でいきたいと思います…m(;_ _)m

さて、これまでは県外産の品種のお話でしたが、
今回は湯沢の山田で生まれた酒米をご紹介します!

白山12(新城方面)_convert_20120528135950
白山から見た山田地区(新城方面)の田んぼ

その名も、『改良信交』と言います!

この酒米は、前々回の陸羽132号の後、
農林17号(旭×亀の尾)→信交190号「たかね錦」(北陸12号×農林17号)
と続く有力な品種の中から、登場した酒米です。

『山田の語り草総集編』によると、
1951(昭和26)年に秋田県で奨励品種として採用された「たかね錦」から、
偶然にも山田地区八幡林集落の佐藤保太郎さんが抜穂したものが、
後に「改良信交」と名付けられる酒米であったそうです。

1954(昭和29)年頃から栽培が始まり、
1957年、1958年に「酒米品質改善試験」が行われました。

そして1959(昭和34)年に、秋田県の民間品種として初めて、
県奨励品種として採用されました!


この「改良信交」は、1960(昭和36)年には68000表以上も出荷され、
県内全土で重宝された品種でしたが、現在はごく僅かな生産量となっています。

しかし、この「改良信交」の発見に伴って、地区活性化をはかり地区有志が集まり、
1951(昭和26年)に、山田地区に酒米研究会が誕生しています。

この流れが、現在の湯沢の酒米研究への取り組みに繋がっていることと思います。

湯沢の輝かしい酒造の歴史の裏には、山田地区の活躍が確かにありました。
これで、胸を張って「酒米のふるさと」と言えます!

白山8(松岡方面)_convert_20120528140317
白山から見た松岡集落

ちなみに、現在県内で飲めるこの「改良信交」を使ったお酒の例としては、
新政酒造株式会社さん『やまユ 純米吟醸 改良信交』などがあります。

これは、地元の住人として絶対外せない一品ですね…!

さて、この後も県内では「吟の精」「秋田酒こまち」という、
更に研究を重ねられた酒米も登場するわけですが…!
もうこのあたりでお酒のお話はお終いにしたいと思います…(;-_-)

今回までお付き合いいただきありがとうございました!
次回からのブログのネタにかなり困っている、
湯沢市ジオパーク推進協議会事務局のふらっとでしたm(_ _)m!

湯沢城は誰の手に?-後編-

2012-05-22

こんにちは

幕張メッセで行われたJGN公開審査から、無事戻ってまいりました

来場者が想像以上に多く、湯沢市の中だけにいるとなかなか分からなかった
ジオパークに対する全国的な盛り上がりを改めて実感しました

歩いての移動が多かったので、雨が降らなくて本当に良かった
(金環日食の時間帯も太陽が顔を出していて、かなり盛り上がっていました

バタバタしていて、ほとんど写真を撮れなかったのが少し心残りです

さてさて、前回に引き続き湯沢城にまつわる歴史についてお話しします

湯沢城址案内看板
湯沢城址案内看板

朱印状が空手形に終わったとはいえ、依然最上氏優勢の中、
ついに本格的な雄勝郡侵攻が始まろうとしていました

本格的に雄勝郡侵攻を始めるにあたっての最上義光(よしあき)の懸念が、
小野寺家の知将・八柏大和守道為の存在でした

そこで最上氏は謀をめぐらせ、小野寺義道が道為の内通を疑うように差し向けました

その謀は成功し、義道は道為を暗殺してしまいます

脅威を取り除いた最上氏は文禄4年(1595)、
楯岡城主・楯岡満茂を大将として再び雄勝郡への侵攻を開始します

この侵攻では、最上に投降した雄勝諸将も最上軍につき、湯沢城は三方から包囲されました

多勢に無勢ながらも必死に抵抗した小野寺軍でしたが、
湯沢城は落城し、当時の城主・孫七郎は討死しました

義道は横手の本城でこの知らせを聞きましたが、周囲には敵が多く動きが取れませんでした

その後、湯沢城へは楯岡満茂が城主として入城し、
最上氏の城として雄勝郡の重要拠点となりました

関ヶ原合戦後の慶長7年(1602)、佐竹氏が秋田に転封し、
湯沢城へは佐竹義種(佐竹南家)が入城しましたが、
元和6年(1620)、一国一城令により湯沢城は廃城となりました

佐竹南家の門
佐竹南家の門:昭和55年、ゆかりの地から城址公園に移転

歴史の教科書に載ったりはしない湯沢城ですが、なかなかドラマがあると思いませんか

2日間歩き回った足の疲れがまだとれない
湯沢市ジオパーク推進協議会事務局のトビウオがお伝えしました

湯沢城は誰の手に?-前編-

2012-05-18

こんにちは

明日開催される森の市(主催:雄勝広域森林組合)にて、ジオパークのパネル展が行なわれます

森の市は、雄勝広域森林組合の敷地で行われます

パネル展はこれまでにも何度か行っていますが、
今回は出来たてホヤホヤのパンフレットも展示予定ですので、
ご覧になったことがあるという方もぜひ お立ち寄りください

さてさて、湯沢市役所近くの古舘山には湯沢城址がありますが (以前の記事はこちら

今日は、その湯沢城にまつわる歴史についてお話しします

湯沢城址本丸跡
本丸跡の案内板

鎌倉時代初期、小野寺経道(つぐみち)は雄勝郡に入部して稲庭城を築き本拠としました

その後、建治3年(1277)に雄勝郡支配の南の抑えとして、
三男道定に湯沢城を築かせたと伝えられています

輝道の時代の天正5年(1577)、横手朝倉城を本拠としました

小野寺氏は、最盛期には仙北三郡を領有した大名でした

小野寺義道の時代になると、山形の最上義光(よしあき)との間で
にわかに軍事緊張が高まりました

義道が旧領回復を目論んだ天正14年(1586)の有屋峠の戦いでは、
両軍痛み分けの結果に終わりました

しかし天正15年(1587)、秋田実季(さねすえ)を襲撃しようと、
刈和野に出陣しているところを最上軍に背後を突かれ、
兵力が二分した小野寺軍は敗退してしまいます

このとき最上氏は一旦軍を引き上げましたが、
雄勝の将軍の中にも小野寺氏劣勢と見て最上に投降する者が出てきました

天正18年(1590)、豊臣秀吉の命により太閤検地が行われ、
その結果、小野寺領の一部が最上氏に与えられました

しかし、これは検地を行なった大谷吉継の勘違いによるもので、
実質的には最上氏への朱印状(領地目録)は、空手形に終わりました

とはいえ、依然として最上氏優勢な状況には変わりがなく…

その後一体どうなったのか、次回に続きます

日曜~月曜の関東の天気がとても気になる
湯沢市ジオパーク推進協議会事務局のトビウオがお伝えしました
(JGN公開審査&金環日食があるので

関口石採石跡の砂岩露頭

2012-05-14

こんにちは

前回は関口石についてお話ししましたが、今日はその採石跡の砂岩露頭を紹介します

関口石採石跡地図

関口石採石跡の砂岩露頭は、関口集落の北東300mの山腹にある関口神社の上にあります

集落から林道で露頭近くまで行けます

関口石採石跡・林道
露頭付近の林道

関口石採石跡の露頭
採石跡の砂岩露頭

周辺の地質は中新世中期(1500万年前頃)の戸沢層で、暖かく浅い海に堆積した砂岩層からなり、
4mほどの安山岩質礫岩や薄い泥岩を伴います

暖かく浅い海に堆積したという証拠に、
近くにある同時代の砂岩や凝灰岩質砂岩から貝類の化石が産出しています

八幡沢のホタテ貝化石
八幡沢のホタテ貝化石(同時代の地層から産出)

市内川の貝化石
市内川の貝化石(同時代の地層から産出)

湯沢市からこんなにクッキリハッキリとした貝化石が産出するなんて驚きです

また、採石場跡には祠と記念碑があります

関口石・祠と記念碑
祠と記念碑

以上、湯沢市ジオパーク推進協議会事務局のトビウオがお伝えしました

関口石

2012-05-10

こんにちは

ゴールデンウィーク前半頃の陽気はどこへやら、肌寒い湯沢市です

今週末から行われる第5回ジオパーク国際ユネスコ会議のため、
今日から当事務局より2名が長崎県島原市へ行っていますが、
向こうは天気がよさそうでちょっとうらやましい…

さて、今日は以前に少し触れた関口石について、その歴史から詳しくお話しします

関口石は、湯沢市関口で採石されていました

元和元年(1615)、大阪落城の落武者・山口幸市(真田を名乗る)という会津の者が、
良質の砂岩を発見し、これを関口石と名付けました

山口幸市が自宅で石細工を始めて製品を販売し始め、その店の名前を「山口屋」としました

最初は近所や近国からの注文を受けて製品を作っていましたが、次第に評判が高まり、
遠国からも注文が来るようになりました

そして雄物川まで運ばれた製品は、川舟で土崎湊まで送られ、
北前船などにより日本海から各地へ運搬されました

現在も関口には13軒の石材業者が軒を連ねており、関口の石材街道と呼ばれています

石材街道
関口の石材街道

関口石は比較的均一な中粒~細粒砂岩で、礫や泥をほとんど含んでいませんが、
細かい層理(ラミナ)が発達しています

ラミナに沿って剥がれたり、割れたりしやすい特徴があるため、
古い江戸時代の墓石では、表面が剥がれ落ちて刻んだ文字が欠落しています

一方、ラミナを水平にした台座などでは、風雪で細かい凸凹が形成され、
きれいな縞模様が現れます

関口石の縞模様 関口石の台座
ラミナが発達した関口石             水平の縞模様(ラミナ)がきれいな台座

関口石は、花崗岩と比較して軟らかく加工しやすい石材であることから、
炉、釜、ひき臼、記念碑、彫刻、神仏像など、様々な芸術品や墓石に利用されました

香川寺の弥勒大仏
青竜山香川寺の弥勒大仏(湯沢市で最大の石像)
水平の縞模様(ラミナ)が見られる


以上、湯沢市ジオパーク推進協議会事務局のトビウオがお伝えしました

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Author:湯沢市ジオパーク推進協議会事務局
世界ジオパーク認定登録を目指して日々活動している「湯沢市ジオパーク推進協議会」事務局です。

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