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江戸時代の絵図に描かれた院内銀山

Categoryジオサイト 雄勝
こんにちは 湯沢市ジオパーク推進協議会事務局のトビウオです

先日、我が家ではこの秋2度目の鍋をしました

鍋や納豆汁、クリームシチューなどの出番が増えると、冬が近いなぁと感じます


さて、前回院内銀山のおおよその歴史についてお話ししました

今日は、江戸時代の絵図に描かれた当時の様子や坑口・坑道などについてお話しします

江戸時代後期の院内銀山絵図には、当時の銀山の町並みや人々の生活風景と共に、
坑口・鉱脈や坑道が描かれています
(※坑口…坑道の入り口)

文化元年(1804)の院内銀山真景甲子春月図には、6つの坑口が描かれています

江戸時代の絵図に描かれた坑口
江戸時代の絵図に描かれた坑口


また、安政3年(1856)の院内銀山鋪岡略絵図には坑内で働く坑夫たちの姿が
詳細に描かれ、当時の採掘の様子がよく理解できます
さらに、山岳の山々には多数の鉱脈が赤い線で書かれています

院内銀山鋪岡略絵図に書かれた鉱脈
院内銀山鋪岡略絵図に書かれた鉱脈


秋田県諸鉱山絵図面 院内銀山砒通絵図などいくつかの江戸時代の絵図に
記述されている坑口と坑道、鉱脈の位置をまとめると、
21の坑口と多数の鉱脈や坑道があったことがわかります

秋田県諸鉱山絵図面、院内銀山砒通絵図
秋田県諸鉱山絵図面 院内銀山砒通絵図

絵図に記載されている坑口・坑道・鉱脈


たくさんの絵図が残されていることからも、当時の盛況ぶりがわかりますね

では今日はこのへんで また次回へ続きます

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